2016.10.~
透明マント
「んん~っ」
湖畔に佇むように置かれたパラソルのついた折り畳み式のイスに座ったまま、金髪の少女はグイッと背を伸ばした。
本に集中していて凝り固まっていた背筋がほどよくのばされると、少女は気持ちよさそうに目を細めた。
風が吹き抜けていく。
膝に抱えた分厚い本が風を受けてパラパラと捲れると、少女は目を開けた。そして、背後にある大きな建物に目を向ける。湖を抜けて吹いてくる風は少し冷たい。
「……そろそろ、かなぁ…」
ここ2・3日読書ばかりしていた少女は、優しい笑みを浮かべている。そろそろ待っていた人物が帰ってくる予定なのだ。
――四六時中、くっついていられるとちょっとウザいけど……
――こう……何日も会ってないと……
――ちょっとだけ……ほんとちょっとだけ、さみしい……かなっ
膝にのせていた本を胸の前で抱えると、少女は立ち上がった。
他よりも仲の良いチームメイトが相棒だけを連れ、依頼に向かったのは数日前。移動に丸1日。依頼の遂行に数日かけて、ギルドに依頼完遂の連絡がきたのが昨日の夜。
列車に乗って帰ってくれば、そろそろギルドが騒がしくなってくる頃だ。
「ふふっ 今回は、何壊してきたかなっ」
帰ってくるそのチームメイトは、別々の仕事に行けば必ず自分のところに来て行った先での話を聞かせてくれるのだ。
風が少女の金糸をフワリとゆらした。
「…ん」
強く吹いた風に髪を乱されないように、ピンク色のギルドマークが前髪を押さえると開いた視界に見知った青い塊に白い翼が写る。
「あっ」
「ルーシィィィィィィィィっ」
待っていた輩の片割れの帰還だ。だが、相棒の姿は無い。
――あれっ……また喧嘩したのかしら…
「ハッピー!!」
自分の元へと真っ直ぐに飛んでくる青い塊を、腕をルーシィは伸ばして受け入れた。腕の中に納まった青猫のハッピーは、白い翼をしまった。
ハッピーを抱き抱えながら、キョロキョロと視線を巡らせるが、ルーシィの視界は桜色のアイツを捉えることは出来ない。
――いない?
「ルーシィただいまぁ~」
抱かれた腕の中で、青猫のハッピーは甘えるように顔をルーシィの胸に擦り付けた。
「おかえりっ。予定通りのご帰還ね」
「あいっ」
「ふふっお疲れさまっ」
「プフフ…ルーシィいい匂いっ」
疲れたよ~と甘えてくるハッピーの頭を優しく撫でながら、ルーシィはキョロキョロと辺りを見渡した。やはり桜色のアイツは見当たらない。
「ねぇ……ナツは……?」
「あっ……うんナツは……またオイラにばっかり酷い事いうから…今日こそは我慢できなくなっちゃって……置いて来ちゃったよっ」
「え…」
「だってぇ~っ 列車に乗るのがやだからって、一日中オイラに空を飛べって言うんだよっ オイラだって疲れてるってのにっ」
プクッとふくれた青い頬が、何とも可愛らしい。
だが――今までにも似たようなことはあった。
確かにあいつなら相棒に対してそれくらいのわがままを言うだろう。だが、この愛らしい青猫は何だかんだ文句を言いながらも、相棒を置いてきたりはしなかったはずだ。
「じゃぁ……」
「あいっ 今頃、不貞腐れながら歩いてるんじゃない? オイラばっかりをこき使おうとするナツがいけないんだっ」
「……まぁ、それはそうね」
「でしょでしょ~? あっオイラ、お腹すいちゃったからご飯食べてくる~」
ルーシィの腕から飛び立つと、ハッピーは翼を翻しギルドの扉を目指してさっさと飛んで行ってしまった。その背を見送り、ルーシィは湖に向って小さく息を吐き出した。
「はぁ……何やってるのよ ナツってば…」
。