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2015年08月 ~

まってるよ

星霊魔導士の魔力を狙った団体に……ルーシィとユキノが攫われた

 

 隙間から吹き抜ける冷たい風…格子状の鉄扉の外には、あたしの友達たちが、封じられている。

 

 ――あたしが、捕まったせいで――

 

 ――ごめんね

 ――きっと心配してるよね――

 ――大丈夫

 ――あたしは大丈夫

 ――どんなことだって……耐えてみせるよ

 

 

 ――きっと妖精の尻尾のみんなが……

 ――…アイツが助けに来てくれる…

 

 

 ――目を閉じれば瞼の裏に映るアイツの笑顔

 ――耳をすませば、聞こえてくるアイツの声

 ――頑張れって言ってる

 ――絶対助けるから、頑張れって言ってるんだ

 

 月明かりが、獅子宮の鍵に反射して、少女の顔を照らした。ルーシィの顔に疲労の色は隠せない。

十字架に貼り付けにされた金糸の髪をもつ少女と、銀糸の髪をもつ少女。

 

 

 

 

あれは、数日前の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ナツはルーシィを欠いた最強チームと、ウエンディとシャルルを連れ、日帰りの仕事に行っていた。本来であればルーシィも一緒に行く仕事だった。というよりも、今回の仕事はルーシィが選んだものだったのだが、その彼女は今マグノリアで留守番をしている。本人は置いて行かれることに嘆いていたが――、致し方ない処置だった。先日、ルーシィは狙われたのだ。

 

 それは、エルザが選んだ依頼だった。元評議院のやしまさんのレストランの手伝い。まぁ何度かやったことのある仕事だったのだ。その時、ウエイトレスをしていたルーシィの尻を撫でる不届き者が、客の中にいたのだ。尻を撫でられてルーシィが「キャァァァ」叫んだかと思うと、その手を伸ばした男はルーシィの星霊獅子宮のロキによってその手をひねりあげられていた。

 

「ちょっと、お兄さ~ん……。ここのお店は、おさわり許してないんだよねぇ」

「うわぁぁぁぁ」

 

 腕をひねりあげられたまま、店の外に投げ出さたれた男は、尻餅をつき這うように逃げて行ってしまった。

 

「……もう。やりすぎっ」

「ハハハッ 僕のルーシィに痴漢行為をしておいて、これで済むだけましな方さっ」

 

隣に並んで下から睨み付けてきた主に、獅子宮の星霊は店の中をそっと指さした。そこには、鬼の形相のナツとグレイの姿があった。

 

「アハハハハ。ロキが追いだしてくれてよかったかも……」

「でしょ? 彼らにかかったら、せっかくのやしまさんのお店が、破壊されちゃうもんねっ」

 

 ”パチン”とウインクするロキに、ルーシィは笑顔で労いの言葉をかけると、そのまま店に戻ろうとした――

その時だった――突然の砲撃――”パーーン!!”と高い音が響き、ロキの体を背中から砲弾が貫いた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!  ロキっ!!」

「ぐっ!! ……ルーシィ……下がって、ろっ!!!!」

 

口から血を吐き、主を背に庇うロキ。そこに追撃がくる。すかさず、店の中から様子を窺っていたナツとグレイが飛び出してくる。エルザは既に戦闘態勢で、なおもくる狙撃を鎧で受け止めてくれている。

 

「「ルーシィ!!!! ロキ!!!」」

「グレイはお店をっ!! くっ……開けっ! 処女宮の扉……バルゴ!!」

「姫、お仕置き……なにが……」

「バルゴ!! ロキをお願い!!  っ!! ゆるさないんだからっ」

 

腰に携帯してあった星の大河に手を伸ばすとルーシィは、バッチ~ンと鞭をしならせた。

 

「ダレだっ!! テメェらっ!!!!!」

「我々が、妖精の尻尾と知っての事かっ!!!!」

 

グレイが氷の大盾でルーシィ達と店を守ると、狙撃の弾道を見定めナツとエルザが敵陣に切り込んでいく。他の攻撃に備え、ルーシィが周りに睨みを利かせた時、砲撃は止んだ。

振り返り、横たわるロキのそばに駆け寄るルーシィ。

 

「ロキっ!! しっかりしてっロキっ!!!」

「……大丈夫だよルーシィ。君は大丈夫…だなっ。…ちょっとだけ……星霊界に、戻るよ…」

 

 パチンとルーシィにウインクを送ると、ロキは光となって消えた。その体を支えていたルーシィの腕の中は、ロキの体の分ぽっかりと空いた。ルーシィの目からは大粒の涙が流れ落ちる。

 

「なんで……なんでっ…」

「……姫」

「うん……バルゴも戻って…」

 

 

 

 その時の襲撃ではグレイの氷の大盾のおかげで、店にも客にも被害は出なかった。――ロキ以外は。そして、ナツとエルザが追ったはずの狙撃してきた者は、捕まえることができなかった。ナツの鼻をもってしても、その足取りはつかめ無かったのだ――。それは、相手が痕跡を消せる――魔導士であることがうかがえることだった。

 

 そして、ルーシィの元にナツとエルザが戻ってきた時、天から1枚の紙切れが舞い降りてきた。

 

『星霊魔導士を、貰い受ける』

 

その内容をナツが読み上げると、視線がルーシィへと集まった。ブルリと肩を揺らしたルーシィは、キィっとその紙を睨み付ける。

 

「…くっ来るなら来てみなさいよっ……こんな事…絶対に…絶対に…許さないんだからっ」

「それでこそ、姫さんだなっ」

「そうだな。……仲間を傷つけられて、黙っている妖精の尻尾ではないぞっ」

 

その言葉に、近くにいたグレイはルーシィの金髪を乱暴にぐしゃりと撫でた。向かい合う位置にいるエルザの目にも火がともっていた。

 

「……あぁ。ルーシィを狙って、ただで済まさねぇぞっ!!!」

「ルーシィィィ! ルーシィはオイラが守ってあげるからねっ!!」

「……うんっ。ありがとっ、みんなっ」

 

 

 

 そんなことがあり暫く――、これといって変わったことはなかった。獅子宮のロキも姿を見せてはいないが、回復してるから大丈夫だと鍵を通して伝えてきていた。

 

 新たな依頼は、状況からして罠の可能性もある。その為ここ最近は、最強チームは依頼に出かけていなかったのだが――以前から受注していた依頼を無下に断る事も出来ず、ルーシィは置いて行かれてしまったのだ。

 

「いいかルーシィ!! 1人になんじゃねぇぞっ!!」

「あいっ。夜には帰ってくるからねっ。いい子にしてるんだよっルーシィ」

 

ルーシィが以前選んだ仕事で、日にち指定の依頼は、ルーシィの代わりにウエンディが加わっていくことになった。

 

「あ~あ。……行きたかったのに……」

「しょうがないわよルーシィ。狙われてるのはあなたなのよ? また、ヤシマサンのところみたいに狙撃されちゃったら、相手側に迷惑かけちゃうし……我慢してね?」

 

「……はい。分ってます」

 

ルーシィは、カウンターに頭をのせた。そして横を向き、窓から入る日差しに目を細めていた。

 

 今日の依頼は断ることも考えたのだが、一度受注したものを断るのは妖精の尻尾の名が廃れるだろうと、メンバーを変えてでも いってもらう事にしたのは、ルーシィ自身だった。

 

 襲撃の後から――心配しすぎたナツやハッピーに四六時中付きまとわれていたルーシィは、少々肩の荷が下りたようなスッキリとした感覚があった。チームのみんなが帰ってくるその間は、1人ギルドで本が読めると少し心の端っこが、ほんのちょっと喜んで気が緩んでしまっていたのだ――。

 

 

 

 

 

「ルーシィ、いい子で待ってるかなぁ~?」

「あん? 暇でとけち…っ!!!! クソッ!!!!」

 

 

後、数分でギルドに到着するという時、ナツが眉をひそめた。嫌な予感に襲われ、地面を蹴る。

 

ナツの鼻には、あの――ロキ狙撃の時の匂いがわずかに届いていたのだ。ナツの様子に、他のメンバーも地面を蹴った。

 

息つく間もなく、ギルドの方向を睨み付けスピードをあげる。その見慣れた建物が、近づいてくる。だが、そこからはいつものやかましい話し声や笑い声、音が--聞こえてこない。

 

開け放たれた酒場へと続く扉へ、ナツを先頭に駆け込んだ。

 

シーンと、静まり返った自分達の家とも言えるギルド。

 

 

 

――嫌な予感は、的中していた。

 

 

 

大勢の妖精の尻尾のメンバーや、ただ呑みに来ていた町の人が、皆テーブルや床に転がっている。

 

「なっ何があったっ!!」

「おいっ!! しっかりしやがれ!!!!」

「どうなってやがるっ!!!!」

「うわぁぁぁ!! みんなしっかりしてぇ~!!」

「なんてことっ…」

「皆さんっ!!」

 

見渡したかぎり怪我はないようだが、皆 深い眠りに落ちているようだった。ウエンディが近くに倒れている者に駆け寄った。そこで、酒場の中ほどで動かないもの達の中から、ノソリと立ち上がる影が最強チームの面々の視界に映った。その影に、ナツ達は直に戦闘態勢をとったのだが、その影は立ち上がると、手を振りながらナツの方へと走り寄ってきた。

 

「ナツさんっ!! グレイさん!! エルザさん!! と、ウエンディ!!」

「シャルルさんもっ」

 

「……オイラもいるよぅ」

 

それは、魔導士ギルド『剣咬の虎』の若きマスタ―・スティングとローグ、そしてその相棒のエクシード達だ。その姿を目に映しても怒りに血が上ったままのナツは、戦闘態勢のまま吠えた。

 

「おいっ!! お前ら何してやがるっ!!」

 

今にも殴りかかるかのごとく食ってかかるナツを、グレイは後ろから抑え込んだ。その後ろからエルザがナツの前に出る。そして、スティング達に歩み寄った。

 

「落ち着けっ!! クソ炎っ!!」

「あ?」

「わかんだろっ! スティングとローグだそっ」

 

確かに目に映る人物に覚えはある。忘れているわけではないが、この場で他に動ける人物は他にいないのだ。そして何より、見あたらないのだ。ルーシィがっ――。

ナツの胸には、不安が押し寄せていた。渦巻くように暗く、どす黒いものが腹の中をぐるぐると蠢いているようだ。

 

――くっそっ

――なんなんだよっ

――ルーシィはっ!?

――ルーシィの匂いが残ってんのにっ!!

 

グレイに羽交い絞めにされたナツは、くっそぉぉぉぉぉ!!!!と、その場に膝をついた。

そして、ここにいるはずのない来訪者へと鋭い視線を投げた。

 

 

 

 

「さっき……俺たちが来たら……既にこの状態で……」

「誰か、見なかったか?」

 

双竜とエクシード達は頭を横に振った。その顔は、どこか暗い影が差している。

 

「んんんっ」

 

少し苦しそうな、呻き声がする。その声は聞きなれた人物のものだ。声の聞こえてくる方へと、皆の視線が集まった。

 

「大丈夫かっ ミラちゃんっ!」

「ミラさんっ。どこか痛いところはありますか?」

「何があったっ! …説明、できるか?」

「ルーシィはっ? ルーシィはどうした!?」

 

仲間たちの声を受け目を覚ましたミラジェーンは、酒場を見渡した。何処にもその姿は見られない。悲痛な表情でミラジェーンは、ギュッと白い手を握りしめた。

 

「っ!! ルーシィ……ゴメンナサイ」

 

目の前にいたのに……さっきまで…そう言ったミラは下唇と噛みしめた。そして、怒りに肩を揺らす。

その震える肩に、慰めるように節くれたった手が置かれる。その手を置いたグレイは、スティングとローグに視線を移した。

 

「悪かったな……で? 剣咬の虎のあんたらは、今日はどうしたんだ?」

「……ユキノの時と一緒だっ」

「あ……?」

「うちの……ユキノもさらわれてしまって」

「ユキノ君がさらわれた時も、周りにいた人は皆 寝むららされていたんです」

「……なんだとぉ!?」

 

眉間にシワを寄せた厳しい眼差し同士が、ぶつかると酒場の入り口が、キィィと音をたてた。振り替えるとそこには、白い髭を蓄えた小柄な老人がたっている。

 

「ふむ。一足……遅かったか」

 

妖精の尻尾・現マスターのマカロフ・ドレアーだ。

エルザが急いで、そこへ駆け寄っていく。

 

「マスター何か、ご存じなのですか!?」

「このありさまと関係があるかどうか……一先ず、この場の状況を説明せいっ」

 

これまで怒ったことを説明しながらマカロフを連れ、エルザが皆の元まで戻ってくる頃には、他の眠っていた者達も目を覚まし始めた。

 

 

 

 

「うむ。状況はわかった…」

 

カウンターにその小さな体を座らせた 白いひげを生やしたこのギルドのマスターは、少々気になる噂を聞きつけ昔馴染みの青い天馬のマスターの元へ情報を確かめに行っていたのだ。

 

ひげに手を添え難しい顔をするマカロフに、先ほど唇をかみしめていたミラジェーンが1枚の紙を渡した。ルーシィが座っていた椅子の脇に落ちていたのだ。

 

『星霊魔導士は、貰い受けた』

 

そう書かれれいる。不安に肩を震わせるミラジェーンは、そっと口を開いた。

 

「……マスター」

 

「……うむ。動ける者は皆、集まれい!!!」

 

魔導士たちは一斉にマカロフに視線を向け、そこに集まってきた。

剣咬の虎のスティング達もそれにならい、マカロフを囲んだ。ジッとしていられないナツだけが、ユラユラと体を揺らしている。

 

「まず、わしが見聞きした情報を話す。……ナァァァツ!! 心配なのは皆、同じじゃ!! まずは、聞けっ!! 闇雲に動いてどうにかなるものではないぞっ」

 

今にもどこかへ走り出してしまいそうな、火の滅竜魔導士の元へにゅっと巨大化させた手を伸ばし、その体を暴れない様に掴むと、マカロフは語り始めた。

 

 

 

「最近、フィオーレのあちらこちらで、星霊魔導士が消息を絶っておるという情報が入ったのじゃ。消息を絶った星霊魔導士同士に、何のつながりがあるわけではない。そして自ら姿を消す理由も見当たらん。とすると、皆……さらわれたと考えるのが妥当じゃろう。さらった奴らの目的は……星霊魔導士そのものか、その特殊な魔力か……

どちらにせよ、即 命を奪われると言ったことはまず、ないじゃろう。がっ、ルーシィと剣咬のユキノ……わしらの家族の星霊魔導士がさらわれた。

…知っての通り儂ら魔導士は魔力が尽きれば………危険なことにあわりはないっ!!

皆、力を合わせるのじゃっ!! ルーシィと、ユキノを取り戻すぞっ!!」

 

 

 

 

 

その頃、ルーシィは目を覚ました。

どうやら自分は、冷たいコンクリートの床にうつぶせに寝かされていたようだ。自分の身体の動きを確認しながらルーシィは、静かに体を起こした。

 

そこは薄暗く、じめっとした空気が肌にまとわりつく、気持ちがいいとは言えない場所だった。

 

目を凝らし辺りを見渡しながら、ルーシィは自分の右側の腰に手を当てた。

 

 ――鍵は、ない

 

「…もう失くさないって、約束したのにっ」

 

小さくもらした声に、返事が返ってきた。

 

「…ルーシィ様? 目覚められましたか?」

 

そう言いながら近づいてくる人影が一つ。

 

「その声……ユキノ?」

「はい。ルーシィ様っ」

 

ユキノがルーシィの隣へと膝をつき、その細く冷えている手がルーシィの手を取った。握りしめられたルーシィの手に生暖かい雫がポタリと降ってくる。ルーシィはユキノの手を強く握り返した。

 

「ルーシィ様……!!」

「……ユキノ……何があったの?」

 

 

 

 少しづつ目が慣れてくると薄暗いが、近くにいるユキノの表情がはっきりと見えてきた。その顔には疲労がみえ、目元には泣きはらした痕がある。

 

「ルーシィ様、逃げなくてはっ!! ここは、危険ですっ」

「……どういう事? ってか、ここどこ?」

「ここがどこかは、はっきりとは解りません。ですが多分、フィオーレを出てはいないと思います…」

「……」

 

「私がココに連れてこられたのは、数日前です。その時ここには……」

 

ユキノの説明によれば、ユキノもルーシィと同じように、意識を奪われここで目を覚ましたのだという。行きつけのカフェで朝食をとっていたところで、意識は急に途切れたのだそうだ。それは、ルーシィの時と似ている。

 

ルーシィと違うのは、ユキノが目覚めた時ここにはまだそれなりの人数の魔導士が閉じ込められていたそうだ。そしてそれは皆、星霊魔導士だったという。そして、その魔導士たちは――。

 

この数日の間に、部屋から連れ出され――

 

悲鳴が響き――

 

戻ってきた時には、その人数はあきらかに減っていたそうだ。戻ってきた者は皆疲労の色を見せ、ぐったりと崩れ落ちた。そして次の日には、違う星霊魔導士が連れ――そして帰ってくる時にはまた、人数が減っていたそうだ。

 

 『魔力を、奪われた……』

 

部屋に戻され倒れ込んだ老いた魔導士が、駆け寄ってきたユキノの手にネックレスと握らせて呟いたそうだ。

 

 『これを、持っていなさい…』

 

ユキノはその真剣な目に頷き、そのネックレスを首にかけたそうだ。そして次の日、ユキノも連れていかれたのだ。

 

十字の支柱に貼り付けられ――――強制的に、魔力を吸い出される。

 

表しようのない激痛と脱力感に意識を落としそうになるが、胸に隠した老人から託されたネックレスの護符がユキノを守ってくれたそうだ。そのおかげか、痛みは激しいものの意識を飛ばしてしまう事はなかったそうだ。

 

何がおきているのかわからないまま、この部屋に戻されると自分以外の魔導士は皆意識を失ったそうだ。ユキノも、ひどい脱力感を抱えながら床に座り込むと、昨日の老いた魔導士がマントを肩にかけてくれたそうだ。

 

その護符は、魔力の消失を押さえる魔導士のお守りだと教えてくれたそうだ。王道12門の鍵を持つユキノは拐われてきた魔導士のなかでも、その老人の目に特別に映った様だった。機会を待って、現状を評議院に知らせてほしいと、辛いが、耐えて、生き長らえてほしいのだと――手を握られたそうだ。

 

黙ってユキノの話を聞いていたルーシィの目に、ユキノの苦痛に歪む表情が映る。

 

その護符をくれた老いた魔導士は、昨日また部屋から連れ出されたそうだ。

 

 『……あなたが、もっていなさい』

 

そう言い残して、――戻らなかったらしい。

 

ユキノの話を聞いて、この室内を見渡せば数人の魔導士がそこら辺に倒れ込んでいる。皆やつれた顔をしている。

 

「星霊魔導士の……魔力を!?」

「はい…目的は、きっと何かの動力にするため……」

 

ルーシィの記憶にはまだ新しい記憶がある。可愛い妹との記憶と、宙に浮かぶ城の一部に同化させられた記憶。

 

「動力…星霊魔導士の………まさか…ね…」

「ルーシィ様? 何か心当たりが?」

 

“ガタンっ!!!”

 

重厚な、石を落としたような音が鳴ると、隣にいるユキノの顔がこわばった。ルーシィはその震える手をきつく握り返し、暗い室内に目を光らせた。

 

 

 

1人の男が、扉の前に立っている。

 

「そこの銀髪の女………」

 

男は、部屋の中にいる数人の星霊魔導士を呼びつけた。そして、部屋からひきずりだしていく。ユキノの身体が引きずられそうになると、ルーシィは男の手を掴んだ。

 

「その子を離して! あたしが行くわ」

「ルーシィ様……」

 

強い視線で男を睨み付けるが、その男の目はがらんどうの様で、まるでルーシィの姿を映していないようだ。

 

「……銀髪の女、こい」

 

ルーシィの手を振り払うと、そのがらんどうの様な目がギョロリと動き、ヌッと太い指が伸びてきてユキノの頭を掴んだ。

 

「この人……」

「……そのようですね…ルーシィ様、大丈夫です。私が行きます」

「ユキノっ!!」

 

ルーシィに微笑みをかえし、ユキノは頭を引っ張られないよう体を起こそうとする。心をなくしてしまったような男の生気の無い様子に、ルーシィの背筋に冷たい汗が垂れ落ちた。ユキノが体勢を整え立ち上がると、男はようやくその手を離した。

 

 

 

 

妖精の尻尾では、ルーシィとユキノを含めた星霊魔導士の捜索、聞き込み、それぞれのネットワークを駆使しての情報収集を急いでいた。それにより、大小さまざまな情報が集められていた。集められた情報は、共有を図る為ミラによって魔法のペンで酒場内の空中に書きだされている。

 

妖精の尻尾の主要メンバーは、テーブルを囲んでいる。剣咬の虎からミネルバも駆け付けていた。

彼らに囲まれたテーブルの上に、このギルドのマスター、マカロフがチョコンと鎮座している。この情報はマカロフ自ら手を回して得た情報だ。

 

「先日、大主教の元に、盗人が侵入したらしいのじゃが……」

 

マスターの説明によると――

 

先日、それはルーシィやユキノがさらわれる少し前の事らしい。

大主教の管理する大聖堂に、盗人が侵入した形跡があったのだそうだ。

しかし、金目のものに手は付けられておらず、荒らされてもいなかったため監守の勘違いかとも思われていたのだが、念の為後日確認をしていたらしい。そこでやっと古の重要機密が持ち去られている事が発覚したのだ。その為、発見が遅れたらしいノだが、盗まれたものは、ただ1つの図面だった。

 

それは―― 無限城 ―― その図面だったというのだ。

 

無限城と聞けば、妖精の尻尾の面々にはまだ、記憶に新しい。鎖につながれながらも、天にはばたく巨大な魚の形をした建造物。

 

「じゃぁ! もしかしたら、ルーシィ達は……」

「他の星霊魔導士たちも…」

 

 

顔色を変える妖精の尻尾の面々。その真剣な表情を目の端にいれながら剣咬の若きマスタースティングは、自分のギルドのメンバーへと、ポツリと漏らした。

 

「……なぁ、星霊魔導士の魔力って、それ程珍しいものなのか?」

「…そうじゃな。童が昔見知った本によれば星霊魔法とは、繋がりと契約の魔法じゃ。星霊への想いと繋がりを魔力に込めて、はじめて門が開くのじゃと…」

「あぁ。ユキノも言っていた……門を開くための魔力を、封印に用いればそれは同じ星霊魔導士の魔力でしか解除することが難しいものになるとな…」

 

ついこの間、話のついでに聞いたんだ。そう言ったローグの手は拳に握られ、その拳はわずかに震えている。その震える手を、フロッシュがギュっと握りしめた。

 

「ローグー……ユキノもルーシィも……大丈夫だよね……?」

「大丈夫ですよ。フロッシュ!! 僕たちのギルドと、妖精の尻尾が力を合わせて探しているんです。もうすぐ見つかりますよ」

「……うん」

 

レクターの慰めにコクリと頷いたフロッシュだが、ショボンと肩を落としている。ローグは黙って、フロッシュを抱き上げ優しくその胸に抱え込んだ。

 

そこで、高い声が響いた。青い猫が白い羽を使って皆と目線を合わせながら、悲痛に顔を歪めている。

 

 

「えぇぇぇぇええ!! じゃぁ、狙いは無限時計だって言うの?」

「っ……だったとしてもあれは……100年に1度しか……」

「ああ確かに、バイロとか時計の部品をもって封印の旅に出た奴等の誰かが、つかまったり襲撃を受けたような話は聞いてねぇぞっ」

「それはそうだが、実際無限城の図面が盗まれているんだぞっ!」

「う~~ん」

 

各々が、声を荒げる。そんな中、ナツだけが眉間にしわを寄せ、静かに唸っていた。そこに相棒の青猫が舞い降りた。

 

「大体さっ、そんな盗人の事件なんて、新聞に載って無かったよね?  ナツ!! ってナツは新聞読めないっけ…」

 

白い羽をたたみながら、ハッピーはナツの肩に尻をついた。ナツは眉間にしわを寄せ、何かブツブツと呟いていたかと思うと、急に身を乗り出した。

 

「ん~んん~~……おいっ。その盗人が入った日か次の日位に、他に何かねえのか?」

「……そうだな。ナツの言う通りかもしれんっ。何か見落としがあるかもしれない。無限城に繋がりそうな情報を集めろっ」

「よしきたっ!!」

 

酒場の空中に光るペンで書きだされた図面と文字達。そこに魔法省から発行されている新聞がひろげられた。鋭い視線で、皆が見出しを流し読んでいくと、目に留まる記事が見つかった。

 

「ちょっと待てっ、その無限城の設計図が盗まれた次の日、数人の腕利きの技師がさらわれているらしいな」

「おいおい」

「そのうち一人が、行き倒れてどこかの魔導士ギルドに保護されたと書いてあるぞ」

 

その話を聞いていたミネルバが、ポツリと漏らした。それにスティングが続く。

 

「ふむ……それなら……、確か保護したのは……青い天馬だったと聞いておるぞ」

「ああっ。それって、クリスティーナの設計者でしょ?」

 

そこにいたメンバーは顔を見合わせた。

 

「……クリスティーナの?」

「もしかしたら……」

「あぁ……」

 

「……その線が濃厚だな」

「だから、バイロたちが封印しようとしているあのパーツは必要ねえんだな」

 

「うむ!! エルザっ。ナツとグレイを連れて青い天馬まで情報をもらいに行くのじゃっ」

「じゃぁ、俺たちは他のさらわれた技師の身辺調べてきますねっ」

 

 

 

 

 

魔導士ギルド『青い天馬』にのり込んだナツ達は、保護された人物への聞き取りや、ギルドの周りでの情報の収集、メンバー達への聞き込み。そのほかの情報を探っていた。

なかなか集まらない情報に、ナツは苛立ちを隠せなくなっていた。ずっと握りしめられた拳が、震えている。

 

ルーシィがいなくなって数日。

 

仲間達の顔にも、不安の色が隠せなくなっていた。重苦しい空気が、皆を覆っている。

 

 

 ――くそぉ……どこだよルーシィ…

 ――なんで、一緒にいてやらなかったんだ

 ――なんで、依頼なんかに行っちまったんだ

 ――なんで……なんでっ…一人にしちまったんだっ

 

“ダァァァァァァァン!!!!”

 

カウンターを割らんばかりの勢いで、煙を上げる拳が振り下ろされた。青い天馬に依頼に来ていた見知らぬ街の人たちの視線がナツに集まる。だが、その必死な悲痛な表情に視線の主たちは皆言葉を飲み込んだ。小さな羽を背負い頬に紅をさした大柄のマスターまでもが、黙って目を伏せた。だがただ一人、白いスーツを身に纏った男だけが、ナツへと近づいて行く。

 

「ナツ君。苛立つのはわかるが……「くっそぉぉぉぉぉ!!!!」」

 

“ドカァァァァァァァァァン!!!!!”

 

「っ……メェェェェェェェェェェェェェェェン!!!!」

 

肩に置かれた一夜の手を、ナツは気付かずに振り払った。ただ振り払ったつもりだったが、その手とその本体を空に飛ばしてしまったようだ。青い天馬のギルドの屋根にはポッカリと人の形の穴が開いてしまっている。

ナツは苛立ちを隠さず、その場に立ち上がり拳を握りしめ、伏せられていた鋭いつり目をギラつかせた。そこに緋色の髪が揺れて入り込んできた。

 

「……ナツ。よくやった。だが、……そんなに頭に血をのぼらせていては、見えるモノも見えなくなってしまうぞ」

「……っ! わかってる…」

 

握りしめられた拳からは、蒸気が発生している。

 

 『ナツっ。深呼吸よっ! そんな一直線に行ったってダメ!! ちゃんと周りを見なきゃっ』

 『あ~?』

 『ほらっ頭に血が上ったら、深呼吸してっ……そしたらみんなで考えよ?』

 

 ――何かの時に、ルーシィがそう言ってくれたんだ

 ――すぐ頭に血がのぼっちまうのは、オレの悪い癖だったな…ルーシィ

 

ナツは深呼吸を繰り返し、ギュっと瞼を閉じてその裏に大好きな笑顔を思い浮かべた。

 

 ――大丈夫だっ……ルーシィだ

 ――だってルーシィだ……今も諦めずに戦ってる…

 ――冷静に考えろ…

 ――まず……何をすればいい?

 

握りしめた拳に血がしたたっている。ナツが拳の力を抜いた時、見知った声が聞こえてきた。

 

「おい……一旦オレ達のギルドに戻るぞ……バカナツ、いけるな?」

「あん?」

「おいやめろっ……あぁ。そうだったな。剣咬の奴等がそろそろ情報交換に来る時間だったな……ナツ行くぞ」

「……あぁ」

 

青い天馬のギルドを後にし、ナツとエルザそしてグレイは自分たちのギルドを目指した。

 

 

 

妖精の尻尾――カウンターのいつもの席に、1冊の本が置かれたままになっている。風を受けてパラパラと頁がめくられる様にナツは拳を静かに握りなおした。

 

 

――ルーシィ

――もうすぐ行くから……

――どうか、どうか無事でいてくれ……

 

 

 

 

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