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2015年08月 ~

まってるよ②

星霊魔導士の魔力を狙った団体に……ルーシィとユキノが攫われた

 

 ――さぁ、星霊魔導士よ

 ――その魔力と共に我らが羽となれ

 

男は冷めきった冷ややかな目で、ルーシィを見下し、魔法具をその額に押し当てる――

 

 

魔力を奪われぐったりとうなだれるルーシィの目に映ったのは下卑た笑みを浮かべる数人の男女と、がらんどうの様な目をした屈強な男達。その中のリーダーと思しき人物は、ルーシィを操る為 古の忘れ去られた魔法具を用いたのだ。

 

 

 ――印を刻まれたものは、刻んだものに従わねばならない。また名を用いればその効果は、強さを増す――

 

 

『さぁ、これで 僕らの手に、星霊魔導士が落ちるのだ』

 

『わぁぁぁぁぁぁああ!!!!』

『おおおぉぉぉぉおお!!!!』

 

 

リーダーと思しき男の声に、歓声が上がる

 

ルーシィはその琥珀色の大きな目を歪ませ、精一杯その男を睨み返した。

 

 

 

 

 ――やっぱり……多くの人が既に操られてるんだ…

 

 ――こんなところで、あたしは終われない

 ――耐えきってやる……

 ――負けない……負けないんだからっ

 

 ――きっとみんなが助けに来てくれる

 

 ――……ナツ

 

 ――ナツに、会いたいよ

 

 

 

 

 

幾日か、魔力を吸い出され意識は朦朧としている。牢屋の壁にユキノと共に鎖で繋がれどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

 

何度、古の魔導具を用いて所有の印を刻もうとも、ルーシィの意志は何とか苦痛に耐え、それを受け入れなかった。強い意志が、己に刻まれようとする所有の印を打ち消していたのかもしれない。

 

その魔法具を使う為には、相当の魔力が必要になるらしく日に1度、その苦痛を耐え、術者が魔力を消耗するのを必死で耐え続けた。

 

ルーシィを操ることが難しいと悟った黒い集団は、目標をユキノに移し同じようにその額に所有の印を刻むため魔法具を押し当てた。だが、結果は同じだった。ユキノにも印は定着せず、それは額で消えてしまうのだ。

 

どうやらその古の魔導具は、支配する者される者の実力に応じその効力にも影響が出るようだった。古の魔導具だけでの支配ができないとわかると、その黒い集団はルーシィとユキノを肉体的、精神的に追い詰め、征服させようと壁に吊るしたのだ。

 

毎日、魔力を奪われ意識が遠のきそうになった処へ古の魔導具を押し当てられ、その支配から逃れるために意識を保っていなければならなかった。ルーシィとユキノは、すでに体力も魔力も限界だった。

何とか保っている気力も、このままではいつまで持ち堪えられるか――。

 

そして目の前で倒れていく他の星霊魔導士たちの姿に、ルーシィ達は唇をかみしめて耐えるしかなかった。

気付けば、牢屋にはユキノと自分しかいないくなっていた。

 

 ――皆、どこに連れていかれてしまったのかなんて、考えたくないよ……

 

鎖に吊るされながらルーシィは、ぼんやりと上の方に小さく見える明り取りの為に設けられたであろう小さな窓を眺めていた。

窓の先は既に薄暗い。

 

何度目かの抵抗で、今日も痛めつけられてしまった。どんなに抵抗しても顔や腹に、痣が増えるだけだった。だが、どんなに傷が増えても負けるわけにはいかないのだ。

 

ルーシィは視線を、格子状のドアの外に移した。そこにはこれ見よがしに、封印されながら吊るされた彼女達の友達の鍵。

 

 ――鍵が手元に無ければ、何もできないと思っているのかしら

 ――確かにそれもあるけど……星霊魔導士をバカにしている……

 ――それとも、人質のつもりなのかな…

 

 ――待っててね

 ――そんな封印の中から、すぐ助けてあげるから……

 

 ――きっと、きっともうすぐ

 ――――来てくれるから……皆が……アイツが……

 

ルーシィは目を閉じでまぶたの裏にチームメイトの笑顔をうつした。

 

 ――きっと必死に探してくれてる

 ――どんなに時間がかかったって、見つけてくれる

 ――だって……諦めないからっ

 ――ナツは絶対……諦めたりしないもんっ

 

「絶対、大丈夫なんだから」

 

ポツリと口から出てきた言葉に、すぐ隣から身じろぐ気配が感じられた。

 

「…そうですね。ルーシィさん」

「そうよ。みんな必死で探してくれているわ。きっともうすぐ……その時、あたし達が倒れてたら洒落にならないわね」

「はい。ましてや操られる訳にはいきません。きっともうすぐ、ですよね……」

「……ユキノ?」

「…大丈夫です……少し眠るだけ……」

 

壁に貼り付けられたままでは、容易に眠ることも難しい。だか、睡眠をとらねば体力はどんどん奪われてしまうのだ。それに、ユキノの体力の限界はもう既に過ぎているはずだ。ただ仲間を信じて、その気力だけでなんとか持ちこたえているのだ。気を失う様に、ユキノは壁に体を預け静かに目を閉じた。

 

 ――ユキノ……

 ――あたしが捕まるよりも前から、魔力を奪われ続けてるんだもん

 ――もう限界が……

 ――ユキノ、どうか頑張って…

 

 ――みんな………早く着てっ

 

ルーシィは鎖に吊るされたままギュっと唇をかんだ。固定された手足では思うように動くことなどできない。

唯一動かすことができるのは、口だけだった。

 

魔力を奪われた後、死なない様にと一時得られる休息の時間。

ルーシィとユキノは互いを支えあっていた。

魔力も体力も追い詰められるなか、一人では正気でいられはしなかつただろう。

 

ルーシィも壁につるされたまま、眉間にしわを寄せ目を閉じた。只々、助けを待つことしか出来ない自分に腹が立つのだ。

 

 ――悔しい

 ――手も足も動かないなんて……

 ――でも、まけてやるわけにはいかない

 ――あたしは……ジュードとレイラの娘……

 

 ――妖精の尻尾のルーシィなんだからっ

 

ルーシィは目を瞑りながら、耳を澄ました。少しでも状況を掴めるように――いつも自分の隣でナツがやる様に、神経を聴覚に集中する。

 

 

『っ!!!!』

『来いっ!!!』

『ヤメッ……っ!!』

 

誰かが叫んだ声が、小さく響いてきた。そして言い争いの後、足跡が近づいてくる。

 

 ――誰か、くる……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“!!…ドコッ!!…ドカッ!!……ズルッズルッ……ガダンッ”

 

何かをぶつけたような、もしくは何かを落としたような――物質と物質がぶつかり合う音が響き、いったん音が止まった。

 

“ギギギギギギィィ……”

 

真っ暗闇の静まりかえった地下の空気が揺れ、静かに音を運んでくる。

 

 ――今、あの重たい扉が開かれた……

 

ルーシィ達の閉じ込められている牢は地下にあり、牢が並んだ地下から階段を上がったところに大きな、重たい扉が設けられている。常にその重たい扉は魔法で封印されているようで、外側からしか開けることは出来ないようで、常に扉の前に見張りが立っているようだった。

 

 “ドッシーン”

 

扉の閉まる音が響き渡る。

 

 “コト…ズリ…コト…ズリ………”

 

 ――近づいてくる足音

 ――そして何かを引きずる音……何?

 

 “ガチャッ…コト…ズリズリ…コト…ズリ……”

 

その足音は、ルーシィ達が囚われている牢よりも手前で止まった。

 

 “ガチャガチャ……ズリ…ズリ…ドサッ”

 

 ――牢に入って……

 ――何かを…放り投げた

 

 ――また……誰かが捕まってしまったのか……

 

ルーシィは、静かに眉を寄せた。

 

 『………!!』

 『っ!……!!!!』

 『………!』

 

 ――なに?

 

 『……!!』

 『… ………!!!!!』

 

 

“ガチャ…コト…コト…コト…”

 

 ――何を言い争っていたの?

 ――誰?

 

“ドカッ……ドスン……『クソッ……クソォォォ!!』…”

 

 

 

 

暫くして、ひんやりとした空気が、ルーシィ達の牢まで流れてきた。いつの間にか時間が過ぎていたようだ。

 

 ――ヤダ……どれくらいたったの?

 ――もう真っ暗ね……

 ――この暗闇の中でも……どこかから見張っているのかしら?

 

意識を飛ばしてしまっている間に、支配するための古の魔法具を用いられてしまえば、再び意識が浮上することもなかったかもしれない。そう思うとルーシィの背筋に冷たいものが走った。その為ルーシィ達は休んでいる時ですら、気を張り順番に近づいてくる気配を探っていたのだ。

 

 ――暗闇のおかげで、助かったかも…

 ――それにしても……寒いわね…

 

「……ィ!! ……ッ!!」

「……ん?」

「………シィ! ……キノ! ……おいっ」

「っ!! え? ……この声、……グレイ!?」

「やっと返事しやがったな……でもあんまおっきな声出すんじゃねぇぞ」

 

ルーシィは、声の聞こえてくる方に視線を向けた。そこは数センチほどの隣の部屋との隙間。そこからよく知るチームメイトの声がしてくるのだ。高鳴る心臓。来てくれたという喜びが、ルーシィの胸を温かくする。

 

 ――やっぱり来てくれたんだ……

 ――さすが、あたしの仲間っ!!

 

だが、本来であれば真っ先に自分を迎えに来てくれると思っていた人物の気配が感じられない。ルーシィは、キョロキョロと視線を巡らせた。何かを察したグレイは、しょうがねぇなと小さくつぶやいた。

 

「オレで悪ぃな、姫さん…どうにもあの馬鹿は、潜入に向いてねぇからよ……」

「べっべべつにそんな事っ」

「どもってんじゃねぇかっ……ったく『全部ぶっ壊してやるっ!!』だってよ」

「……え?」

「だから、安心して帰って来いって事じゃねえの? 姫さんをキズつけた奴等、炭も残んねぇかもなっ」

「え?……ちょっとちょっとぉ~」

 

何やら自分の心の内を見透かされているようで、ルーシィは頬を染めた。

 

 ――もうっ///

 ――グレイってばっ……解ってても黙ってくれててもいいのにっ

 

 ――フフフッ

 ――でもやっぱり来てくれたんだね…

 

 ――よかった

 ――ユキノ……やった…ねっ

 

すぐ隣を見れば、ユキノはまだ眠っているようだ。

 

隣の牢には、ブルーペガサスの施工をした大工に扮したグレイ。

ルーシィは大きな音をたてないように注意を払い、ここで起きていることを説明をしていた。そんな中、自分の傍らで少し冷えた体温が身じろぐのを、ルーシィは感じた。

 

「るっ、ルーシィ様?」

「ユキノっ……頑張ってたかいがあったみたいっ」

 

ユキノに笑みを向けるとルーシィの脇をすり抜けて、黒い影がユキノの頬をかすった。

 

「ユキノ…」

「……っ!! ローグ様?」

「ユキノ……またせてしまったな」

 

グレイの影に隠れて、ローグも一緒に潜入してきていたのだ。その他にも、潜入しているメンバーがいるらしい。

 

鎖につるされた2人の姿に、グレイとローグはずっと静かに怒りを腹に溜めている。グレイは隙間から、ローグは己の作った影の中から。疲れ果て、やつれきっている――でも、希望を捨てていない2人を目にしていた。

 

「ロー…グ……さ…」

「ユキノっ!!」

 

ローグの声を聞き、少し気が緩んでしまったのかもしれない。ユキノの魔力はとうにそこまで搾り取られているのだから。力なく項垂れるユキノの顔色は、蒼白い。

 

「くっ……もう限界だわ…魔力を盗られすぎてるのよっ」

「なっ!!」

 

顔のみならず色をなくし、力なく瞼を降ろしているユキノの身体は、鎖につるされ小刻みに震えている。

 

「ずっと、気力だけで意識を繋いでいたのよ……」

「クッソォ…どうすればっ」

 

ローグは影に姿を変えたままユキノの体を支え、もう片方の手は拳をにぎりしめた。

ルーシィは、鉄格子の外側。そこの壁を見つめていた。その視線の先には――、

 

「…ねぇ鍵、あたし達の鍵、とれる? 封印されてるみたいなんだけど…多分そんなに頑丈じゃないと思うの…」

「鍵? ……星霊のか?」

「そこの壁に封印されているの……何とかばれないように……お願いっ」

 

ルーシィの訴える様子に、ローグは影の身体を揺らした。ローグの影が、揺らめき牢屋の隙間を潜りぬけていく。

 

 ――鍵?

 ――……これだな

 

牢屋の前の石作の壁に、厳重に封印された鍵が吊るされている。力技でも破れそうな封印ではあるのだが、このまま正面から手を突っ込んでしまえば、何かしらの仕掛けが作動してしまうかもしれない。ルーシィの様子では、そうならない様に――つまり鍵を使ってやることに時間がかかるのだろうと、ローグは陰に潜んだまま慎重に観察し、その壁に影のまま入り込んだ。そして壁の内側からすんなりと鍵を取り出した。

 

 ――前に、同じような封印を解いたことがあってよかった……

 ――これで……どうにかなるのか……?

 ――ユキノ…

 

普段からユキノが肌身離さず大事にしている星霊の鍵を握りしめ、ローグは人知れず苦しそうに顔を歪めた。先ほどローグの目に映ったユキノの姿は、何とも痛々しいものだった。

 

大魔闘演武で妖精の尻尾に敗れユキノがうけた仕打ちに胸がいたんだ。竜が去った後、仲間を大切にする男になりたいとローグは自分に誓っていた。

 

若くして何の準備もなく剣咬の虎のマスターになってしまった双竜の片翼。そのもう一つの羽として、ローグはスティングを助けてきた。

大魔闘演武で消えてしまった前マスターと、その娘のミネルバ。彼らの捜索や、マスター変更の手続き。今では行方知れずになっていたミネルバも見つかり、細かいところを指導してくれるし、手伝ってもくれるようになったが、当初は何もかもが手探りで書類仕事など、机に向かう事が苦手なスティングの為――下手したらマスターよりも働いていたかもしれない。

 

よくギルドに夜中まで残って、双竜は仕事をこなしていた。慣れないデスクワークに煮詰まり喧嘩が始まる頃になると、仕事帰りのユキノがにこにこと笑みを浮かべてお茶と菓子と、やすらぎを差し入れてくれた。

 

 ――ユキノの笑顔に、オレは何度も救われた 

 ――一生消せないような心の傷を負わせてしまったのに、戻ってきてくれたユキノ

 ――なのに、支え合うという事を教えてくれている

 ――何も無かった様に微笑むユキノに、心が熱くなった

 

 ――連れて帰るぞ――絶対無事に

 

 

ユキノとルーシィの友達の鍵を、握りしめローグは影になり再び2人の少女の前に立った。

 

「鍵を持ってきた……何か、策があるのか?」

「うん。試してみてもいいともう」

 

ルーシィとユキノの鍵を持ってきた影が、影で牢の中を覆いながら他から見えない様に人の型をとった。壁の隙間から鍵を模ったグレイの氷が投げ込まれ、少女二人を壁に貼り付けていた錠の鍵が解かれた。自由になった手をこすり、ルーシィは星霊の鍵を受け取った。

 

そのすぐ隣で、苦悶に顔を歪めるユキノをその場に横にすると、ローグはユキノの鍵をその手に握らせてやっている。そして、静かにルーシィを視界に納めた。

 

「……それで、どうするんだ?」

「星霊は、あたし達星霊魔導士が強くなるとね、その力を増すっていうのは知ってる?」

「あぁ」

「ユキノに、聞いたことがある」

 

ルーシィの言葉にグレイとローグが応えている内に、ルーシィの手の中で彼女の鍵達が光りだした。そのままルーシィは言葉をつづける。

 

「…けど、その反対もありうると思うの。強い絆で結ばれた星霊と星霊魔導士は、魔力を受け渡す事もできる…はず…」

「はず?」

「……うん。まだ試したことはないの。…でも思うとこがあってね…えっとローグ、そのままあたし達の体を闇で覆っていてくれる? 光が漏れないように……」

「あぁ」

 

 ――今は暗闇の中で見えないだろうけど、さすがに光ったりしたら気付かれちゃうかもだしね…

 

ルーシィの身体が光に包まれ、そのままユキノの手に自分の手を重ねた。

 

「お願い。ユキノの星霊達…ユキノに力を……魔力を少しでもいいの。わけてっ……お願いっ」

 

 

するとユキノの手に握られた星霊の鍵が、古き友の呼びかけに応えて淡く光りだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ローグ…さ…ま?」

 

「ユキノ……気が付いたかっ」

 

ローグは己の影で包み込んだ少女を、きつく抱きしめた。その体は酷く冷たく色をなくしていた。一緒に来たグレイや、隣に並んだルーシィにはわからないかもしれないが、闇に身を潜められる影竜のローグからすれば、闇の中でもすべてが鮮明に見えていた。ルーシィもだが、ユキノの白い肌に痛めつけられた跡が痛々しくローグの胸を苦しくさせた。

 

「…っ!! ローグ様っ」

「あぁ」

「わたし……わたしっ」

「あぁ……もう大丈夫だ」

「はいっ……はいっ!」

 

頬に振れるローグの手に、ユキノは手を添えた。その安心をくれるぬくもりに、ユキノは身を預けて、再び目を閉じた。

ローグは自分の影で、少女たちを庇いながらただ、銀髪の少女の無事を噛みしめ、陽が昇るまで束の間の休息を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ、夜が明ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔導士ギルド『青い天馬』のある街の片隅で保護されていたクリスティーナの施工者は、誰かに似ていた。大工にしては色白の肌と、サラサラの黒い髪。労働者らしいしまった筋肉質な体。無駄にその裸体を晒す――脱ぎ癖。

 

グレイは、青い天馬の隠れ家に保護されているその大工の男に扮し、その大工の家族に会いに向かった。敵は、攫いに来るはずだ。大工は自分では何かわからないが、重要だと思われる図面の一部を引きちぎってきていたのだから。

 

そして、グレイとその影に隠れたローグは、作戦通りうまく攫われることに成功したのだ。

 

グレイが攫われて、数時間が立っていた。

 

グレイにマーキングしたデータが、目には見えない回路を通ってトライメンズのヒビキのアーカイブに位置情報を送ってくれている。ある場所に到着してから、グレイの位置は変わっていないので、その位置が敵の拠点のようだ。もしくは気付かれたかだが、後を着けていったガジルからの緊急連絡がないことを考えれば、潜入に成功していると言っていいだろう。

 

 

青い天馬クリスティーナ

 

攫われたルーシィとユキノを奪還するため、青い天馬に集まってきた主要メンバー達は、クリスティーナ内に集められていた。

 

敵の潜伏する場所は、グレイの位置情報が教えてくれている。だが、その場所のどこに星霊魔導士が――ルーシィとユキノが拘束されているのかは、まだ判明していなかった。

 

そして、逃げ出してきた大工の口から星霊魔導士の受けている扱いも、敵は人の意思を奪い服従させる魔法を使うことも、把握されている。

 

グレイやローグ、ガジルなど先に動いているメンバー以外はここに集まって、次の作戦の為話し合いが続いていた。

グレイの潜入が成功してこその作戦だ。もし途中でグレイが偽物とばれたとしても、影を移ってローグが潜入してルーシィを探すことになっている。

 

一方ナツは、興奮して暴れないようにと大きな柱にロープでぐるぐる巻きにされてしまった。少し火を出せば抜け出せるものなのだが、ナツは文句を言いながも火を出したりはしなかった。

必死に今すぐにでも駆け出したい衝動に耐えるナツに優しい目を向けたエルザは、短く息を吐き出すと集まっているメンバーへと向き直った。

 

「ルーシィ・ユキノを攫った手口から見て、敵は高度な魔法、もしくは魔法具を用いる可能性が高い。ルーシィ達の安全を確保してからだっ……わかっているな? ナツ! 他のみんなも頼む」

「だから、解ってるってのっ!! 縄で……縛りつけるこたぁないだろう…」

「何を言っている…お前なら、そんな縄、易々と抜けられるだろう? それは……お前が自らを諌めるためのものだっ」

「うぐ……っ」

「だが、もう自分で我慢もできるだろう……縄をほどいてやる…もう少しだ、大人いくしているんだぞっ?」

 

 

何もない空間から、エルザの手に剣が握られた。その刃先をナツを拘束している縄に向ける。その剣先を視界の端に入れながらナツは、エルザへと睨み付ける鋭い視線を返した。

 

「……できる訳ねぇだろっ!!」

「お前だけが心配しているとでも、思っているのか!!」

 

エルザの声が上ずった。そのきれいな顔に浮かべられた険しい表情に、ナツの背中に冷たいものが走った。

 

 ーーわかっている…

 

「……解ってくれ、ルーシィ達を確実に助け出すためだ……」

 

 ――ルーシィが…ユキノが…

 ――操られている…可能性は、まだ消えていない…

 ――ナツ…お前は、例え操られているとして…ルーシィを傷つけることなんて…出来ないだろう……?

 

「グレイ達からの、連絡を待つぞ…」

「……ああ」

 

エルザの真剣な目に、ナツは頷くしかなかった。エルザが、仲間を攫われて怒りを覚えていないはずがなかった。その静かな怒りは、ナツにも伝わっているからこそ指示にしたがっているのだ。

 

ましてや攫われたのは、チームメイトのルーシィだ。仲間に対して平等な立場をとっているエルザだが、チームメイトのルーシィとウェンディに対してはただの仲間の域をとうに越えている。可愛い妹分であり、ルーシィに至っては、年が近いこともありエルザから相談事を持ち込める数少ない相手でもある。

 

 ――無事でいてくれ…ルーシィ

 ――わたし達は……ルーシィ、お前に刃を向けることなど…

 

らしくもなく、苦悶の表情を浮かべるエルザ。

 

「エルザッ… ルーシィは、そんな弱くねえぞっ」

 

 ――もし…

 ――もしルーシィが操られていても…オレが正気に戻してやるっ

 ――連れて帰るんだっ

 

「絶対ぇ、大丈夫だ。ルーシィだぞ? 操られたって、仲間に襲いかかってきたりなんかしねえ…ロキ達が、ルーシィが大事にしてるあいつらが、ルーシィじゃねえルーシィに従うわけねえだろ…」

「……うむ」

「まぁ! 牛は、わかんねえけどなっ」

 

視線を合わせずナツは窓の外に見え始めた星を、睨み続けている。エルザは、ハハハッと優しく笑うと他のメンバーへと視線を移した。

 

「では、作戦の最終確認だっ」

 

 

「ローグから、ルーシィが達の所在が報告され次第突入するっ」

 

 

「ルーシィ、ユキノは、魔力を奪われ体力的にも限界だと思われる」

 

「触られた星霊魔導士たちが動けないと考えると、救出隊は、多めに人数で向って貰う事になるぞ。ジュビアっ頼んだぞっ」

「はいっ。そこにグレイ様が待っているんですねっ」

 

「救出の方に人手を割る関係で、陽動の殴り込み隊は少数精鋭で行くぞっ」

「わらわは、そちらに同行しよう」

「よしっ! 頼むぞっミネルバっ」

「うむ……マスターよ、ユキノは任せるぞ?」

「判ってるよ。お嬢」

 

 

「ナツ……お前は、陽動の戦闘に加わってくれっ」

「……あぁ……全部、ぶっ壊してやるっ!!」

 

ナツは、拐われていた男が引きちぎってきた図面の一部を睨み付けていた。

まだ記憶に新しい……無限城の巨大魔水晶に取り込まれていくルーシィの姿。

 

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