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2015年12月 ~

百獣の王

星霊魔導士ルーシィの大切な友達が、人型をとれなくなってしまった。

 

吐き出す息は白くくもり、季節の移り変わりにより鮮明に見える星空に溶けて消えていく。

もうすっかりコートが必要な季節だ。

ひんやりとした空気が頬を掠め、幸せを運ぶ青い猫は相棒の懐にもぐりこんだ。

 

「寒いのか?」

「あいっ フゥ…暖かい やっぱりナツってこういう時便利だよねっ」

 

相棒を懐で抱き止めナツは当たり前だろと、自慢げに胸を張る。そして、夜空にきらめく星を眺めて、白い息を吐き出した。

ナツの胸元からも プフフ と、白い息が上がる。寒さに弱いハッピーにとってつらい季節の訪れだが、大好きな相棒はいつだって暖かいのだ。

 

「やっぱ、ルーシィも来ればよかったのになっ」

「あはは 風邪気味だったからしょうがないよっ 一緒がよかったなら、ルーシィの風邪が治ってからにすればよかったんだよ」

 

懐にもぐりこんでいる小さな相棒に向かって、ナツは白い息を吹きかける。吐き出す息も、どこか人より暖かい気がする。

 

「んなもんっ オレがいれば暖かいから大丈夫だろっ」

「プフフ それって、ナツがずっとルーシィ抱き締めて暖めるって事~?」

 

悪戯な大きな目に見上げられ『うぐっ』と、言葉に詰まってナツは再び夜空を仰いだ。そこに拡がる星々。どうしたってルーシィの魔法を思いおこしてしまう。にっこりと微笑むルーシィの笑顔が、ナツには夜空に浮かんで見えているようだ。

ナツはポリポリと頬をかいて、ニヤリと口元を緩めた。

 

「……おう 寒いって言ったら……しょうがねえからなっ」

「そう言うとこ、正直じゃないねぇ…それにしてもすっかり遅くなっちゃったね」

「そうだな…」

「ルーシィ寝ちゃったかな」

 

ハッピーの呟きが、静かに闇に呑まれた。

 

魔導士ギルド“妖精の尻尾”への依頼で火の滅竜魔導士ナツとその相棒青猫のハッピーは、隣町まで出かけていた。今は、依頼を終え帰路についているところだ。本来であれば空の明るいうちに帰り着いていたはずだが、寒空を飛びたくないと言う青猫と、馬車に乗るのを拒否したナツの為に1人と1匹は歩いてマグノリアに戻っているところだった。

普段一緒に行動しているチームメイトの星霊魔導士、ルーシィは今回の仕事には風邪気味だという事で同行していなかった。少し寂しそうに手を振っていたのも、1人と1匹には、記憶に新しい。

 

相棒の懐から顔だけ出しハッピーは白い息を吐く。その後を追う様に、ハッピーの頭の上から吐き出された白い息が夜空に上って消えた。

 

「うしっ! ルーシィんとこ行くかっ」

「え~? もう寝てるんじゃない?」

「んなもん、起こせばいいだろっ」

「まあいっかっ 冷えた家に帰るよりもルーシィの家の方が暖かそうだしねっ」

「決まりだなっ」

 

急に笑顔になり元気を取り戻したナツは、楽しそうに地面を蹴った。どうせもう夜中だ。仕事の報告は、朝にならなければできないのだ。ギルドへは明日の朝、ルーシィと一緒にルーシィの部屋から行けばいい。

 

ナツのワクワクと高鳴る心臓の音が、ハッピーの耳をくすぐる。視線を相棒の顔に向ければ、嬉しそうに猫のようなつり目が弧を描いている。

 

 ――ただ会いたいだけなんだろうな…

 ――あんまりナツとこういう話ってしたことないけど……

 ――ナツって、自覚してるのかな?

 ――確かな独占欲はあるけど……自分の気持ち位わかってるよね……?

 

遠くに見えていた街の明かりはすぐに大きくなり、ナツとハッピーはマグノリアに帰りついた。走り出してしまえば、あっという間の距離だった。

ナツは迷わず通いなれた運河沿いを進み、侵入しなれた窓へと粘着質の火を伸ばした。そしてその火を窓の隙間に滑り込ませると、器用に窓の鍵を開けた。

 

 

「うーすっ! ルーシィ起き……ろっ……あ?」

 

目的の少女は、思った通り既にベッドに入っていた。意識も夢の中へと旅立ってしまっているようで、スースーと規則的な寝息だけが聞こえてくる。だが、いつもどおりのルーシィの部屋に、いつもどおりじゃないものがある。

 

「わっ猫の王様だっ!!」

 

ナツの懐から顔をのぞかせていたハッピーは、目を輝かせて飛び出した。

一方ナツは、スンと鼻をきかせると眉間に深いしわを寄せた。

キラキラと目を輝かせハッピーはそれに抱き着いていったが、ナツは冷静にルーシィの眠るベッドに居座る――しかもルーシィに枕にされている――それを、ベッドから引きずり落とした。というよりもルーシィを抱き上げ、それを蹴り上げた排除した。

 

みじめに壁にめり込むと思われたそれは、大きな体をくるりと翻しストッと、音もなく4本の足を床につけた。華麗な着地だ。

 

「わぁっ!! ナツ危ないよぉ」

「うるせぇ!! テメェロキッ!! ルーシィに何してやがるっ!!」

「えぇっ!? ロキなのっ!?」

 

けっこうな声で叫んだが、ナツに抱えられたルーシィはムニャムニャと口元を動かしただけだ。

巻き添えを食らって、獅子と共にとばされたハッピーは目を白黒させている。

 

ギラリとつりあがった目に炎を灯し、ナツが目の前にいる獅子に鋭い視線を浴びせている。

大きな獅子はそんな視線をものともせず、前足で顔を掻くと『ふわぁぁ』と眠そうに大きなあくびをした。

そして、丸い大きな目をうるうるとさせ、猫のように「ニャオン」と鳴いたのだ。

 

 

 *  *  *

 

 

「……本当に、ロキなの~?」

 

暫く睨み合っていたナツと獅子の間に、ハッピーの間延びした声が響くと、のそりと後ろ足を折り獅子がそこに座る。涼しい目をナツに向け、前足で鼻をかき、大きな口をあけもう一度眠そうにあくびをした。

 

「ニャァァァオ」

「わぁ!! 鳴き声もカッコいいっ!! さすが猫の王様だねっ」

「いあ……そういう事じゃぁねぇだろっ」

 

何でロキがそんな姿になっているのかとか、そんなのはナツにとってはどうでもいいことだ。ただ、ルーシィと一緒に、ルーシィのベッドで寝ていたのだ。

 

 ――ルーシィは、こいつがロキだって知ってんのか!?

 ――ルーシィ騙して、上がり込んだんじゃねぇだろうなぁ…

 

問いただそうにも、ルーシィな眠ったまま。ロキは獅子の姿で、ニャオと鳴くだけだ。

 

 ――とにかく……ぶっとばそうっ!!

 

眠るルーシィをベッドに寝かしなおすと、つり目の奥が再び炎を灯す。ナツは突きや蹴りを繰り出すが、体のわりに軽やかな動きでロキはひらりとすべてを交わしてしまう。

 

「くそっロキ!! 観念しやがれっ」

「うわぁナツ…もうそれ以上は…やめた方が……ルーシィの部屋がっ、もっ燃えちゃうよぉ」

「うっせぇ!! 加減してるってのっ!!」

 

ナツが拳に纏う火のせいで、部屋の温度が数度上がってしまっている。蹴りを繰り出す際にも、火は足から噴きだした。ベッドの上に横たえられたルーシィが、暑苦しそうに寝返りをうつ。

 

「…んんっ…もう……うるさいわねっ………ってナツ!? ハッピー!?」

「よっ! ルーシィ」

「ルーシィただいま~」

 

空かさず、ハッピーはルーシィの胸に突撃した。ハッピーを抱きかかえ、目を開いたままだったルーシィは、パチクリと瞬きを繰り返した。

眠りから覚めたばかりの頭が、ここで一気に覚醒したようだ。

 

「おかえり……って、何この部屋の有様!? あっ……やだっ!! ロキ大丈夫!?」

「ニャオン」

 

ベッドから飛び降りると、ルーシィは大きな猫の様な姿のロキへと駆け寄った。

心配顔の主に身を寄せると、ロキはスリスリと頭を擦り付けた。まるで猫のように。

主であるルーシィもそれを受け入れていて、大きな頭を抱え込むとヨシヨシとふさふさの鬣に触れた。

すると、いったん消えたと思っていた火がまたナツの拳で発火した。

 

「……ちょっとナツ!? この子はロキなのっ 別に野生のライオンが入ってきちゃったわけじゃないのよっ」

「ニャオン」

 

ロキをせに庇って座り込んだルーシィのジト目が、ナツを見上げてくる。戦闘態勢に入っていたナツであったが、一気に火が覚めてしまった。

 

「……どういう事なんだよっ」

 

  •   *   *

 

「つまり……」

 

ナツ達が依頼へと向かった後、鼻風邪をひいていたルーシィは1人部屋に戻ってきた。ただの鼻風邪いへど、早く治してしまわないとと思っていると、星霊の鍵が光り処女宮のバルゴが星霊界の薬をもってきてくれたのだ。ありがたくその薬を飲むと、みるみるうちに体調は戻ったのだそうだ。バルゴが、風邪予防にもいいからと多めに置いていってくれた液体状の薬をテーブルの端に置いておくと、部屋のドアがノックされた。

 

『やぁ やっぱり、ボクのルーシィが一番かわいいねっ……ケホッ』

『……はぁ…いつの間にっ……ま~た、デート?』

『いやぁ そっ…でもデート相手が風邪ひいちゃってドタキャンされちゃったよっ……ケホケホッ』

『…もうっ……風邪、流行ってるものねぇ……ってあんたも風邪ひいてるんじゃないの!?』

『……ケホッ……あれ? そうなのかな?』

 

ルーシィは、小さく息を落とすとグラスに水を入れてきて、ロキに渡した。

 

『ほらっこれ飲んで、もう帰りなさいっ』

『……ありがとう さすがボクのルーシィ! 君は、ほんと女神だよっ』

『はいはい』

 

ルーシィから渡されたグラスの水を、ロキは一気に飲み干した。少し喉がいがらっぽかったのかもしれない。

 

『そう言えば、ルー……うっ』

 

何かを言いかけたロキの言葉が途中で切れると、ルーシィの目の前でロキが苦しみ始めた。椅子から崩れ落ち、床に倒れ込み喉元を苦しそうに抑えている。

 

『え? ロキッ!! ロキッ!!!』

 

 

「……で? 気が付いたらロキが、ライオンになってたと…」

 

呆れたようにナツの顔がゆがむ。

 

「そうなのっ」

「ウッパ――!! すご~いっ 何飲んだのー? それ飲んだらオイラも進化できるかなぁ~」

 

目をキラキラと輝かせ、ハッピーは身を乗り出した。ルーシィは申し訳なさそうに、そして心配そうに眉を下げた。

 

「バルゴが持ってきてくれた風邪薬なんだけど……ごめんねロキ」

「ニャァン」

 

肩を落とすルーシィに、獅子の姿のロキが慰めるように頭を擦り付け傍らに座り込んだ。そんなロキの鬣を優しく撫でるとルーシィも、そこに腰を下ろした。

 

「ロキは喋れなくなってるし、どうにかしようにも……本人は、この姿で星霊界に帰りたくないみたいで……それに、なんだか時間がたてば自然に治るみたいだし…」

「ニャァオン」

「なぁんで、喋れねえのに解んだよっ」

「まぁ…身振りで……? クル爺呼ぼうとしたら、頭振って嫌々するんだもん。こんなんでも黄道十二門のリーダーだし、メンツとかあるのかなって……それに助けを呼ばないって事は、そのうちもどるのかなって……」

 

ひとしきりルーシィが喋り終わると、ロキは大きな体をルーシィにすり寄る様に寄せると、甘えるように頭を擦り付けた。ルーシィが手を伸ばすと、ロキはピンと立っていた耳をヘタリと垂らし、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 

「喋れないし……ほんとに、大きな猫みたいでしょっ」

「あいっ ふわっふわっだねっ」

 

ルーシィとハッピーは、ロキの毛並みを指で梳き、腹に寄りかかったりしながら戯れている。ロキはされるがままソファの上に寝そべっている。たまに頭を持ち上げると、ルーシィが手を伸ばし、喉元をヨシヨシと撫でてやる。すると、気持ちよさそうにロキは目を細め喉を鳴らし、頭をルーシィへ擦り付けた。その猫のようなしぐさにルーシィはご満悦で、何度でも同じことを繰り返している。

その様子をナツはぶすくれたまま、黙って見つめていた。

 

 ――ルーシィが、いいって言ってんじゃ……

 ――これ以上暴れられねぇじゃねぇか……

 ――下手したら、オレのが追い出されちまうな……

 

ギリッと奥歯を噛み合わせると、ナツの額に血管が浮かぶ。我慢しているようだが、目の前の光景にイライラがつのっているのは、一目瞭然だ。

そんな事をしている内に、ハッピーがコクリコクリと頭を揺らし始めた。それを目にルーシィにも再び眠気が襲ってくる。

 

「ふわぁあ……眠い……」

「お……?」

「……どうせ…あんた達、帰らない気なんでしょ? ……あたし、もう寝るからね……」

 

窓の外はまだ闇に包まれていて、星々が夜空に輝いている。

絨毯の上で、ロキの腹に寄りかかったままルーシィがとろんとした目をこすった。すると、ゆっくりとロキが体をずらし、背にルーシィを乗せた。慌ててルーシィはロキの首に腕を回すと、ロキはそのままルーシィをベッドへと運んでいく。

 

「フフフッ……ロキはライオンになっても……優しいわね…」

 

半分夢の中に旅立っているルーシィが、とろけた様にふにゃりと微笑んだ。その様子にナツの額の血管は太く浮かび上がり、眉間にはくっきりとしわが入った。

 

「あんた達も……適当に……寝な……さいね……」

 

ベッドに身を預けポツリとそうもらすと、ルーシィは瞼を降ろした。ロキはベッドの端にくしゃくしゃになっていた掛布団を食わえると、ルーシィの肩まで引き上げた。

目を瞑ったままルーシィはロキの頭を引き寄せ撫でるとそのふさふさの頬に、チュ

っと唇で触れた。

 

「……おやすみロキ……」

 

眠りにつく主を愛おしそうに見つめていると、その背に痛いほど刺さる視線がある。鋭い視線を送ってきた主は、ロキが振り向くと顎をくいっと外へ向けた。

ハッピーを抱え込んで眠るルーシィを目に止めてから、ナツは先に窓から外に出た。やれやれと小さく息を吐き出すと、ロキもその後に続いて窓から外に出た。

 

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アパートの屋根に上がると、1人の男と1匹獅子が向かい合う。1人は鋭い視線を投げつけ、1匹は大きな体を屋根に寝かせた。ロキはあくまでも戦闘をするつもりはない様だ。

いきり立ったままのナツに向かって冷めた視線を送ると、ロキはゆっくりと吸い込んだ空気を口から吐き出した。そして、ナツに隣に座る様に、頭を振って促した。

 

「……んだよっ…」

「はぁ……大体、ナツは贅沢なんだよね……何もルーシィに言わないくせに、独占欲ばっかり達者でさっ」

「んなっ!! おまっ!! ロキ…喋れんじゃねぇかっ」

「喋れないわけないだろっ…ボクは…ボク等星霊は、主に合わせて自分の姿を変えられるんだから、言葉だって主に合わせるさっ」

「おいっ……じゃなぁんでっ」

 

屋根の上で丸まり、獅子の姿のままロキは人の言葉を話し始めた。驚きに声を荒げるナツ。だが、ロキはいたって冷静に会話をしている。ただ、その黄金の瞳には苛立ちを宿している。

 

「なんで、ルーシィに人語をしゃべらなかったのかって?  じゃぁ聞くけれど……何でボクが、獅子の姿になったと思う?」

「…んなもん知るかっ!!  お前っ、ルーシィの星霊なんだから、ルーシィに嘘つくなよなっ!!」

 

「はぁ……やっぱりナツは…馬鹿だね…ボクが何もなくルーシィを騙すわけないだろっ…それに騙してなんかないよ。ボクは喋れないなんて言ってないしね……ボクのこの姿は…主の、ルーシィが望んだからなんだよ……」

「…っ! なんで、ルーシィがっ」

 

「きっと寂しかったんだ……いつもの姿じゃ甘える事が恥ずかしかったんだろうね。ルーシィは恥ずかしがり屋さんの女の子だけらね」

「勝手なこと言ってんじゃねぇっ!!」

 

「ナツは…ルーシィをどう思っているんだい? 都合のいい時だけ付き纏って、連れまわして、でも今回みたいにいきなり置いていってしまう。ルーシィは、君たちがルーシィを置いて依頼に行ってしまったら、落ち込んで寂しいと思う位に君を必要としているのに……それでなくても、体調が悪いルーシィを放っておくなんて……男として、どうかしてるよナツは…」

「それはっ……ルーシィが……行かねぇって……」

 

ロキの言葉に、ナツの勢いはどんどんとそがれ、次第に返答もモゴモゴと声が小さくなっていく。そんなナツにロキは、苛立つ視線を隠さずぶつけている。その背で、空に輝く星が1つ、流れた。

 

「風邪ひいてる時に、寒いところなんていけないだろっ 依頼先で、倒れたりしたら……ルーシィは足手まといになるようなこと、絶対にしたくないんだ! それナツだって、わかっているだろ? ルーシィは、何よりっ…必要とされなくなることを……恐れてるからね…」

「足手まといって…そんな訳ねぇだろっ!!」

 

「うん。そうだよねぇ。どう考えたって、非常識で、報酬減らして、減らすどころかマイナスになる事もあって、作戦無視で罠に嵌ったり……ルーシィがナツに足を引っ張られてるって思うよ。ボクは」

「…うぐっ……ひでぇ…」

 

ふわりと風が吹いたかと思うと、ガックリと肩を落とすナツ頭上で相棒の青猫が、白い翼を広げて飛んでいる。

 

「プフフ…だからルーシィが元気になってから、一緒に行こうって言ったのにぃ」

「……ハッピー…お前までそっちの味方かよ…」

 

ハッピーは翼を翻し星空を一回転すると、楽しそうにロキの背に乗っかった。そして、嬉しそうにその立派な鬣をモフモフとしている。

 

「…で? オレが贅沢ってどういう事だ?」

「う~ん。やっぱナツじゃ、解んないか~……まぁ、贅沢じゃなかったらヘタレ……?」

 

「んなっ」

「ぷはっ」

 

「だって、そうだろ? いつも自分の都合でボクの大事なルーシィを振り回して、かき回しておいて、ルーシィが君を必要としている時に……照・れ・て、ルーシィを優先することができない。……で、結局勢いのまま行動して、ルーシィに寂しい思いをさせたんだっ」

「うぐ…」

「……君は、愚か者だよ」

 

ロキの言葉攻めに、ナツは肩を落とし身を縮ませた。返す言葉がないのだ。

 

 ――くっそ……確かにどうしようかと思ったんだ…

 ――看病してやろうかって……

 ――ルーシィが『寝てれば治るから仕事行って』って……

 ――あれ……強がりってやつだったんか……くそぉ…

 

「ルーシィは、寂しかったんだろうね……寝込むほどじゃなかったにしろ体調を崩せば、誰だって人恋しくなるものだろ? それを心を許している人に、無下に置いていかれて…」

「……ルーシィは、行くなって言わなかったぞ…」

 

「……そんな事っ! 言える訳ないだろっ!! ナツ……ルーシィのせいにするのかい?」

「いぁ……」

 

焦るナツに、鋭い視線を向ける獅子。ハッピーは、その背から「ごめんよぉ」と、小さくつぶやいた。

 

「確かにルーシィはいかないでとは言わなかっただろうね……君等の足手まといにはなりたくないだろうしね。でも、立場が逆だったらどうだい? ルーシィは風邪気味のナツを置いて、仕事に行ってしまうかい?」

「いかないねっ」

「……おう」

 

「ルーシィは強がりで、意地っ張りだしね。それに、口に出して寂しいなんて言ってはいけないって、思ってるんだ……ずっとそうやって育ってきてしまったから……だから一番近くにいるナツだけは、それに気が付いてやってほしかったのに……ボクは、君を買い被りすぎてたみたいだね」

 

ロキは、星空を仰いだ。ふぅ――と、吐き出した白い息が星空に吸い込まれて、溶けていく。凛々しい獅子のその横顔に、ナツの胸の奥がザワザワしてくる。

 

 ――なんだよ…ロキのくせに…

 ――ルーシィを一番わかってるのは、自分だって言いてえのかよ…

 

「……まぁ、ナツが出かけてくれたお陰で、ボクでもこういう姿になればルーシィも意地を張らずに甘えてくれるってわかったし、ボクとしては、もうナツは用済みなんだけど、独占欲だけはいっぱしときた」

「んなっ」

 

「……せいぜい、ルーシィに愛想着かされない様にしてみたらいいんじゃない?」

「てめぇっ」

 

慌てるナツを見て、目を細めるロキ。星々の光を浴びながら、その獅子の身体は人の体に変わっていく。悲しそうに、微笑みロキは人の形になった手で星を掴む様に、空に向かって手を伸ばした。

 

「ボクは……星霊だ。ルーシィの星霊だから、主から離れることはない…まぁ、たまにお出かけぐらいはするけど……でもね、これ以上近づく事はできない……どんなに大切に思っていても…」

 

星空に向かって伸ばした手で空気を掴むと、ロキはその手を胸の前で握りしめた。

 

「あまり長く顕現してたら、ルーシィの負担になってしまうしね。どんなにルーシィと居たくても、ボク等には見えない壁があるんだ。幸せにしたいっ!! でも、ボク等はルーシィの幸せを……手助けしてあげる事しかできないんだよ」

「ロキィ……」

 

「どんなに近くにいても……ボク等には、縮められない距離があるんだ……ナツがうらやましいよ…」

「ふざけんなっ!! ロキだってズリィじゃねぁかっ」

 

「……何でだい? いつだってルーシィと一緒に居れるからかい? 肌身離さず、ルーシィはボクを胸に抱いてくれたりもするしね」

「それは、鍵だろっ……オレ達と仕事行かねぇって言っても、お前はいつも一緒じゃねぇかっ」

 

「そりゃぁね。ぼくはルーシィの星霊だもん」

「一緒に仕事行ったて、いつもおいしいところはおまえがもってくじゃねぇかっ」

 

「ボクの仕事だし……ていうか、ナツのおかげでボクの出番が増えて嬉しいよっ」

「なんだとっ」

 

「ナツの行動が荒すぎてルーシィを危険にさらすから、ルーシィの王子様としてはさっそうと登場しないとねっ……出番が多くて困っちゃうよっ……ホント…」

「ロキが出てこなきゃ、オレが助けてるんだっ!!」

 

「ナツが遅いんだろっ 大体ルーシィを危険にさらすこと自体が、オレとしては許せないよっ!!」

「うるせぇ!! そんな危険でもねぇだろっ!! ロキが過保護すぎんだっ」

 

「当たり前だろっ!! ルーシィは可憐な乙女なんだっ オレ達の星霊のお姫様なんだっ!! 擦り傷1つだって、許すもんかっ」

 

話す勢いに合わせて、ロキの一人称が変わっている。いつものように余裕のある表情が消え、感情が表にでているのだ。いつの間にか、屋根の上で立ち上がって怒鳴り合うナツとロキ。

 

「ルーシィは、お前等だけのもんじゃねぇ!!」

「ナツのモノでもないだろっ それにルーシィはお姫様で、オレ達だけのモノじゃなくても……オレはっ、ルーシィのモノだっ!!!!」

 

ロキが胸を張ると、ナツの額に浮き出た血管がピクピクをうごいた。

 

 ――くっそぉ……何かムカムカすんなっ

 

なんだか負けたようでムカムカが、ナツの腹の底から湧き上がってきた。ナツの内側に、イライラの炎が燻っている。

 

「っ!! じゃぁっ、オレもルーシィのモンになるっ!!」

「なに言ってるんだっ!! ナツは、星霊じゃないだろっ!!」

 

「星霊じゃなくても、契約すればいいんじゃねぇか?」

「バカなこと言うなっ!! そんなの、ルーシィが許すわけないだろっ!! そんな事っ!! オレだって許せないっ!!」

 

青色のサングラスの奥でロキの瞳が揺れた。ナツとロキの鋭い視線が、ぶつかり合う。

 

「ルーシィに聞いてみなきゃわかんねぇだろっ」

「聞かなくてもわかるさっ…ナツは星霊魔導士と星霊の関係をわかっていないんだっ」

 

「あ? 何、わかんねぇこと言ってんだぁっ?」

「ルーシィは、オレの大事な人なんだっ!! 馬鹿な事ばっかりの……ナツには、譲らないっ!!」

 

「っ!! オレだって、譲らねぇ!!」

「ナツが、1人で何言ってるんだっ!! オレ達星霊とルーシィの関係はそんな軽くないっ!! みんな、ルーシィが大好きなんだっ!!」

 

「うるせぇ!!! オレの方だ大好きだっ!!!!」

「ふんっ……ナツなんか相手にされないねっ」

 

サングラスの奥で、ロキの目が細められた。

 

「そんなの判ってんよっ!! オレが側にいてぇから、他の誰にも譲るわけにはいかねぇんだっ!!」

 

 一触即発。 そこへ、ハッピーが羽を広げて割って入った。

 

「はい ストーップ!!!!」

「うん」

「!?」

 

ハッピーの声が響いた。

ふと我に返ってみれば、空が白みはじめている。ナツとロキの怒鳴り合いに近所に人々は目を覚まし、窓から、道から2人を見上げていた。沢山の視線を集めながら、ナツは一つの窓に目を向けた。

その窓が、開いて金色の髪が覗いている。

 

「あんた達……恥ずかしすぎっ!!!!! 信じらんないっ!! ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

顔どころか全身を真っ赤に染めたルーシィは、それだけ叫ぶと肩を震わせ部屋の中へ消えてしまう。カチンと固まったナツを置いて、ロキはすばやく主を追ってルーシィの部屋へと滑り込んだ。

ロキはいつもの調子で「やぁ」と手を上げてルーシィへと歩み寄った。窓の前で背を向けてそこに立っているルーシィへと、優しく声を掛ける。

 

「おはよう ルーシィ」

「……ロキ///…戻れたのねっ…よかった」

「……うん。心配かけたよね。ごめんね」

 

振り返ったルーシィは、明るくウインクしてくるロキに眉を下げて微笑むと、星霊界への門(ゲート)を開いた。

 

「……もう、帰りなさい……ありがとう。ロキ…」

 

ロキは少しおどけてみせて、主が開けてくれた門をくぐり星霊界に帰って行ってしまった。

 

『ルーシィ またねっ』

 

 

 

 

 ――くっそぉ//////

 ――ロキの野郎……絶対ぇわざとだな……

 

 

ルーシィが覗いていた窓を眺めても、そこに再び金髪は合わられてはくれないようだ。きっと今頃、ベッドの上で布団をかぶって「ありえないっ!!」と繰り返し呟いているのだろう。そして――、

 

 ――やばいよなぁ……

 ――このまま知らねぇ振りすれば……元通りに……

 ――いあ……逃げんなオレ

 

「オレは、ヘタレでも……愚か者でもねぇっ!!」

 

このまま帰ってしまえば、ルーシィはまた自分の良いように解釈して――聞かなかったことにされちまう。

自分の勘違いだったって思って――オレの気持ちを無視しやがるのか?

 

くっそっ!!」

 

ガシガシと乱暴に自分の頭をかく相棒に、ハッピーはやれやれと息を吐き出した。

 

「ねぇナツ……ロキってさぁ……」

「……あぁ」

 

『それでも僕は、ルーシィの星霊で幸せなんだ』ルーシィの部屋に滑り込むとき、ロキが囁いた言葉。優しく幸せそうに、ほほ笑みながら。そのロキの姿が、頭を掠める。ロキの言葉が胸に突き刺さったままだ。

 

「いつだって一緒にいるのに、いつもは一緒に要れなくって、家族よりも近い存在なのに、それ以上は近づけないなんて……なんだかさみしいね…」

「……あぁ」

 

「ナツはさぁ」

「あ?」

 

「ルーシィのこと好き?」

「……あぁ」

 

「じゃさっ」

「あぁ……わかってる」

 

「そっかぁ~わかってたんだねぇ~オイラ、ナツは何にもわかってないのかと思ってたっ」

「……あ?」

 

「だって、ずっとここに座ってるの?」

「……いぁ……とりあえず、ルーシィに朝飯たかるかっ

 

立ち上がるナツ。そんな相棒を反目で眺めた後、ハッピーは翼を翻した。

 

 

「オイラは、ギルドで朝ご飯貰うから~! ……ナツ~頑張ってね!!」

「う……////」

 

ルーシィの部屋の何時もの窓が開く音がハッピーの耳に届いた。先程、ハッピーの目に映ったのは、何かを決意した時のナツの顔。

 

 ――ナツってば、いつの間にあんな顔するようになったんだろ?

 ――ぷふふっ今日は宴会かなぁ~

 

魔導士ギルド『妖精の尻尾』に到着するとハッピーは、扉を開いて大きく空気を吸い込んだ。

そして腹に力を入れる。

 

「ナツが、ねぇ~・・・」

 

 

 

fin

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

変な終わり方……_(┐「ε:)_きっと今夜は宴会だよっ

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