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2014年12月01

魔法研究所シリーズ~竜座~

~ドラコと竜の泪~

ドラコとの楽しい生活。・・・・・・だが、ルーシィはいつも不安に胸を痛めていた。

   

 

「……ただ、会いたかったんだ」 

 

 

 

 ポツリと漏らしたナツの本音は、ルーシィの胸を締め付けた。 

 

 ナツは、いつだって繋がりを大事にしていた。欲していた。いやきっと、ナツだけではないだろう。この妖精の尻尾の仲間は皆、繋がりを仲間、いや家族をとても大事にしている。 

 

「ドラコは、オレ等の家族なんだ……エルザが止めても俺は行くぞ」 

「……馬鹿者!! 問題児1人行かせて、ドラコが助かるのか?……冷静になれっ」 

 

 ナツの顔すれすれを通って、エルザの剣が地面に刺さった。駆け寄ろうとするルーシィ。 

 

「エルザ!!」 

「…大丈夫だ姫さん」 

 

 ナツはグッと眉間に力を入れ、エルザを睨み付ける。その視線に、エルザは堂々と睨み返した。そんなエルザに、ルーシィは手を伸ばしたが、グレイにそっと伸ばした手をとめられた。振り返ると、グレイはやれやれと眉を下げながら「……大丈夫だ」と囁いた。 

 

「オレは、一人でも行くぞ!!」 

 

 ナツが立ち上がると、エルザがその肩に手をかけた。 

 

「分っている。お前の家族なら、我々の家族でもあるんだ。……ただ、ウエンディも疲れている。出発は……午後だ」 

 

 天井にめり込んだナツに向かって、エルザは告げた。 

 

 

* 

 

 

「ねぇ~るーしぃ。難しいお話終わったぁ?」 

 

 ルーシィ達の話し合いから離れて、ハッピーにかまってもらっていたドラコは、静まり返ったことで、話が終わったのだと思い割り込んできた。 

 

「るーしぃ……この人だれ?」 

「むっ!?」 

 

 ドラコは、エルザの鎧をつんつんと指先で、珍しそうにつついた。エルザは突然出てきたドラコに驚いたようだが、ジィ――ッと、ドラコを観察している。ドラコもじぃ――っと、エルザを見つめている。 

 

「……エルザよっ。あたし達のチームメイト! こんなにきれいなのに、強くってとっても頼りになるのよっ」 

「なっ……///」 

 

 ルーシィの言葉に、エルザは頬を染めうろたえている。その様子は、誰も敵わない強さを秘めている者だとは到底思えない。ただ、かわいらしくハニカム少女だ。 

 ドラコは嬉しそうに、エルザの前に飛び出し、その視界の真ん中に自分を映した。 

 

「ドラコは、ドラコ!! るーしぃのドラコなのっ。えるざ、ほっぺた真っ赤でかわいいねっ」 

「こっこれは……///」 

「えるざの髪、ドラコと一緒!! 赤くてきれいな髪!! かわいいね~」 

 

 ドラコのまっすぐな瞳で見つめられ、その上満面の笑みにこの口説き文句。エルザは既にぐうの音も出ない。ゆるゆると口元が緩んでいくのが、ルーシィからも見て取れた。 

 

「ドラコねぇ、えるざと仲良くなりたいなぁ~」 

「!! くっくぅ……なんだこの可愛い生物は!!」 

 

 見事ドラコは、エルザの腕の中に納まった。頬ずりをされ、頭をこねくり回されている。多分それに飽きれば、次はカウンターで一緒にケーキでも食べ始める事だろう……。ひきつった笑みを見せるルーシィ。 

 

 

 

「……ナンパかよっ!」 

 その様子を、見ていたグレイがポツリと突っ込んだ。 

 

 案の定、エルザに誘われ、ドラコはカウンターの席に座り彼女のお気に入りのショートケーキを目前に、一緒に目を輝かせている。並んでケーキをついばみながら、一口ごとにみぱぁっとほほ笑みかけてくるドラコに、エルザはもはや骨抜き状態だ。 

 

 とその時、白い猫を連れた少女が元気よく「こんにちは~」とギルドの扉を潜った。 

カウンター席に座るエルザとドラコを遠巻きに眺めていたルーシィとグレイ。そして、ルーシィの傍らに天井から落ちてきたまま寝そべるナツとその脇に座るハッピーがいる。 

 

「ウエンディ~!!」 

「シャルル~!!」 

 

 ルーシィとハッピーが、ウエンディとシャルルに笑顔で手を振った。 

 

「ルーシィさん。みなさんご無沙汰してました!!」 

「あら、朝から元気ね。ハッピーは」 

 

 ルーシィが掻い摘んで事のあらましを説明すると、ウエンディは快く動向を承諾してくれた。 

 

「竜座ですか!!」と嬉しそうにウエンディもまた目を輝かせ、竜の姿を探したがカウンターにエルザを並んで座るその姿に、うれしいような、がっかりしたような複雑な笑みを見せた。 

 

* 

 

「よろしくお願いします! ウエンディです。天空の滅竜魔導士です」 

「とうちゃんと一緒!! ドラコは竜座のドラコだよ」 

「まぁったく……父親とは大違いで、かわいらしいじゃない。私は、シャルルよ」 

「……しゃるる?」 

「そうよ?」 

「しゃるる~! 真っ白フワフワかわいいしゃるる~!!」 

「なっ何よっ///」 

「はっぴーが教えてくれたの~。しゃるるは、と~っても可愛いよ~って」 

「シャルルが、可愛いのは当然です。あい!!」 

「バッバカな猫ねっ///」 

 

 口の周りにたくさんのクリームをつけたままドラコは、シャルルに向かって手を伸ばしたが、あっけなくルーシィに首根っこを押さえられた。もうしょうがないわねと、口の周りのクリームをルーシィが拭いてやると、ドラコが目を輝かせて周りに集まる仲間たちを順に見た。 

 

「ドラコッ。皆ドラコの仲間よっ。仲良くしてね!」 

「は~い。ドラコ仲間好き~!! 仲間は家族なんでしょ~??」 

「あいっ。オイラもみんな好きだよ」 

 

 にぱぁっと、周りまで幸せになるような笑顔を見せるドラコ。 

 

 ――ドラコを消したくなんて、ない。 

 

 ルーシィの握りしめた手をナツが暖め、震える肩をエルザが抱き寄せ、うつむく頭をグレイがクシャりとなでた。そして、背中を押すようにウエンディが微笑む。 

 

「一緒にがんばりましょう!! きっと大丈夫ですっ」 

「そうよっ」「あいっ!!」 

 

 

 

 

 

 再開発されているローズ山脈は、最近になって山頂付近まで、魔導ロープウェイが張られていた。その上、バルカンとの棲み分けが成されていて、ロープウェイが設置された付近には、薔薇バルカンは出没しないらしい。

 

 ひとまず一行は、そのロープウェイに乗り、山脈の頂上付近まで登ることにした。

とは言っても、目指す場所はロープウェイが到着する場所から、山頂を超えた向こうだ。そこは、薔薇バルカンが生息する場所だ。ロープウェイを降りて、山脈をしばらく進まなければならない。

 

 だが今回は、運のいいことに再開発工事が行われている為、何台かの魔導4輪が山頂付近に置いてあるらしいのだ。それをレンタルすることに成功した。いや――エルザに説得できない人間などいないのだが――。何とか、足を手に入れることができた。一人ナツだけが、うんざりした表情を浮かべていたが、いつ戦闘が始まるか読めない場所の移動の為、魔導4輪に乗る際はウエンディにトロイアをかけてもらえることになった。

 

 

 

 エルザの運転で、切り立った崖の脇道を魔導4輪が進んでいく。思いのほか順調に山頂を超えたところで、大きな門が現れた。ここから先は――薔薇バルカンの生息地という事だろう。

 

 門を抜け、暫く道なりに魔導4輪が進む。途中、エルザとグレイが運転を変わろうかとしていると、森の空気が変わってきたような気がしていた。車内のナツやウエンディは耳を澄ませ気配を探っているようだった。

 

「るーしぃ……」

「大丈夫よ。皆がいるわっ。大丈夫だから」

 

 ドラコは不安そうに身を縮め、ギュっとルーシィの服を掴み、ルーシィはドラコを膝に乗せ、背中から抱きしめた。

 

 ――突如大きな影が魔導4輪を囲む。

 

『男の匂い!!』

『イケメンキタ?』

『ウホホツ』

 

 待ってましたとばかりに、薔薇バルカンが大きな木の上から降ってくる。もう少しで、目的の洞窟に着くというところで、見つかってしまった。いや、ここはちょうど戦闘ができるように、少し道が広くなっている――どうやら、待ち構えていたのだ。

 

「そのまま行け!!」

 

 グレイにハンドルを渡したエルザが、車の屋根に立った。

 

「換装、天輪の鎧!! 天輪・繚乱の剣!!」

 

 薔薇バルカンの群れの中へと、エルザが飛び込んでいく。とびかかってきた薔薇バルカンが、一掃される。が、また立ち上がり向ってくる。エルザが、魔導4輪に飛び乗ると、起き上がった薔薇バルカン達に追いつかれない様、グレイは魔力を込めた。

 

「しっかり、捕まってろっ!!」

 

 目指す洞窟が、視界に入っている。が、その途中に、赤い集団の影が見えた。

 

「くそっ。待ち伏せしてやがる」

「……ここは、薔薇バルカン達の庭だからな」

「うぉぉぉっし!! 戦闘だぁ!!」

 

 ナツは魔導4輪から飛び降りた。薔薇バルカン達の背に、洞窟が見えている。あれが目的の場所なのだろう。ナツに続き、ルーシィや2台の乗っていたメンバーが飛び出す。初めて目にする巨体の薔薇バルカンに、ドラコは目を輝かせた。

 

「ドラコも戦う~!!」

 

 その小ぶりのナツと同じようなマフラーを、ルーシィがむんずと掴んだ。敵に突っ込んでいこうとしていたドラコは、グエッと舌を出した。

 

「こらっ。魔力使っちゃったら、大変なのよっ。温存しておかないとっ」

「ぐぬぅ……」

 

 その声に、父ちゃんの真似をして戦おうとしていたドラコは固まった。ルーシィに振り返った大きな釣り目には涙を湛えている。ドラコは、何ともつまらなそうに拳をポスッとさげた。移動中、魔力が切れない様に大人しくしておかなければならないと、ドラコに伝えられていた。頬を膨らませたドラコは、「魔法は使わないもんっ」「お話ちゃんと聞いてたもんっ」と頬を膨らませる。

 その姿に、戦闘中だが、ルーシィは目を細めてしまう。

 

 

「ウオォォォォオオ!! 火竜の……咆哮!!」

 

 ナツの口から地獄の炎のごとく、火竜の炎のブレスがうなりを上げた。ナツの目の前に立ちはだかる薔薇バルカン達が、バタバタと倒れていく……。

 

『男! 男!! 女はいらないっ!! ウホホッ』

 

 ビヨンビヨンと飛び跳ねながら、1匹の薔薇バルカンが向かってくる。ルーシィは、ドラコと背中を合わせて立ち、“バチ~ン!!”と鞭を鳴らした。四方で、戦闘が行われている中、自然とドラコを囲む陣形をとっていた。その中を先頭から逃れた薔薇バルカンが、ドラコを目指してつっ込んできたのだ。

 

「ドラコ!!」

 

 薔薇バルカンの足に、ルーシィの星の大河が巻き付けられるが……バルカンのバカ力に、そのまま身体ごと引っ張られてしまった。

 

「うわぁぁっ」

「「るーしぃ!!」」

 

 星の大河を引っ込め、そのまま地面に体ごと落ちたところに、ドラコが駆け寄ってきた。

 

「るーしぃを、いじめるな~!!!!」

 

 ドラコはルーシィの前に立ちはだかり、吸い込んだ息を思い切って向ってくる薔薇バルカン吹き付けた。ナツほどではないが――立派な咆哮だ。鼻先を焼かれた薔薇バルカンは、よろめき崖下へと落ちていった。

 

「ドラコやるじゃない・・・・・・ドラコ!?」

 

 その場にドラコが、しゃがみ込んだ。ドラコは肩で息をし、その顔は少し青い。戦闘に加わったと言っても、魔力を使ったのはおそらく咆哮1回だけだ。ドラコの額に滲む汗を、ルーシィはハンカチで拭きながら呼吸を整えると、魔力の流れを感じる。ドラコを包む魔力が薄く霞んでいる――。そのながれる先は――。

 

 ナツはバルカンに向かって、大きく息を吸い込んだ――

 

「ダメ……ナツ!!!! ダメッ!! 戦わないでぇ!!!!」 

 

 ルーシィの声に振り向いたナツは、ドラコを目に映し、顔を青くし汗をぬぐいながらナツが駆けつけてきた。研究所の所長に注意されていたのに――戦闘中、ナツが魔力を欲すると、ドラコからその魔力が流れるかもしれないという事。ドラコが魔力を使い補充できない状態が続くと、直ぐに――魔力欠乏に陥ると―― 

 

「ドラコ!!!」 

「……ナツぅ」 

「とうちゃん……ドラコの父ちゃんは、強いねっ」 

 

 青い顔で、ドラコはそういうと肩で息をしている。にじみ出る汗は、驚くほど冷たい。目に涙をにじませ、混乱するルーシィを落ち着かせるように、ナツがその肩に手を置いた。 

 

「……ワリィ……オレが……魔力を吸ッちまったのか……?」 

「ちがう。魔力の流れが……切れかかってる」 

 

 数は少なくなってきているが、戦闘が続く中、仲間たちはドラコの様子を目にしていた。魔力が流れる恐れがあったことも、皆に共有されている情報だ。実際に今、魔力はナツに流れドラコの魔力は欠乏している。 

 

「ナツ!! お前は極力戦闘に加わるんじゃねぇ!!」 

「少しそこで……おとなしくしていろ!!」 

「ドラコ!!」 

 

 倒れたドラコたちの事へ、少し離れたところで戦闘していたウエンディが駆け寄ってきた。 

 

「ナツさんルーシィさん。見せてください!!」 

 

 その間エルザとグレイが薔薇バルカンを何とか薙ぎ払っている。パワーのあるそして数の多い薔薇バルカンに囲まれては、こちらも体力がそがれてしまう。グレイが自らが作った氷のフロアに大量の薔薇バルカンをおびき寄せ、そのフロアを壊し見事大半を谷底へを落としたが、まだ十数頭の薔薇バルカンに囲まれている。 

 

 エルザがパワーで薔薇バルカン達を薙ぎ払うと、グレイが氷で足場を作った。残りの薔薇バルカン達と睨み合いながら、一行は目的の洞窟に急いだ。ナツに背負われたドラコは荒い息を繰り返している。 

 

 ウエンディの見立てによると、ドラコは魔力切れ寸前の上に、魔力を体に回す機能の劣化が激しいのだという。まるで百年生きている老人のようだと。自身が魔法を使ったことにより、その機能の劣化が仇となったのだ。少なくなった魔力を供給するはずが――魔力の根詰まりを起こしているのだそうだ。 

 

「お前たちは先にいけ!!……換装!!」 

「エルザ!!」 

 

「姫さん。こっちは任せとけ。中には1匹も入れねぇよっ。アイスメイク!!」 

「グレイ!!」 

 

「ルーシィさん、ナツさん。こちらの回復は任せてください!!……エルザさんに……アームズ!!」 

「ウエンディ!!」 

 

「ほら、早くいきなさいよっ」 

「しゃるる!!」 

 

「ルーシィ!!行くぞっ!!」 

「……うんっ」

 

 洞窟の外でエルザとグレイそして、ウエンディ達が薔薇バルカンをせき止めてくれている間にルーシィとナツ、ハッピーとドラコは洞窟の奥へと入って行った。静まり返る洞窟の中に、ドラコの苦しそうな息遣いが響く。 

 なぜこんなにも早く、事態が進んでし合ったのだろう。もう少し、自分が気を付けたいれば……ルーシィは悔しさに唇をかみしめたいた。 

 

 少し進んだところで、野獣の気配が漂ってくる。 

 

「……くっそ。中にもいやがったかっ」 

 

 ドラコをルーシィの脇におろし、ナツは前に立ち薔薇バルカンを迎え撃つ。 

飛び出してきたのは、1体の薔薇バルカンだ。1体だが――外にいたバルカンよりもかなり大きい。ナツに続いてルーシィも戦闘態勢をとった。 

 

「開け獅子宮の扉……ロキ」 

 

“リンゴーン” 

 

「やあルーシィ。戦闘だね!!」 

「うん。ナツは魔法を使えないから……お願い!!」 

 

 空中に浮き出た魔方陣から、獅子宮の星霊が飛び出してきた。そして光を放ちながら、薔薇バルカン向かっていく。薔薇バルカンの巨体が、光に包まれた。ナツは炎を上げない様にいしながら、素手でバルカンを殴り飛ばす。 

 が、何度倒しても、薔薇バルカンは起き上がって向ってくる。薔薇バルカンを薙ぎ払いながら、ロキがルーシィに指示を仰ぎに来た。 

 

「ルーシィ、ケガはないかい? これじゃらちが明かないね。どっちに進むんだい?」 

「うん。ありがと。ロキ! あの奥に進みたいの」 

「オーケー。僕の大事なお姫様達は……」 

 

 ロキはルーシィの傍らにいるドラコを見て、暫く動きを止めた。そして、ゆっくりとルーシィの目を見た。その真摯な目に、ルーシィの瞳が揺れた。 

 

 もしかしたら、ロキたち星霊は、ドラコの存在を、ドラコの様な存在を作ってしまったあたしに怒りを示すかもしれない。どこか頭の隅では懸念していたんだ。ちゃんと説明しなければと、誤解が乗じない様に――だが、じっさい、ロキの刺さるような視線に、ルーシィは顔をゆがめた。 

 

 

『ウッホホォォォ!イケメンキタ――!!』

 

 ロキは立ち上がった薔薇バルカンを目の端に入れ、ルーシィ達の背を押した。

 

「ルーシィ先にいって! 急いでいるんだろう?」

「……うんっ」

「ナツッ!! 僕のルーシィを、頼むよっ」

 

 ロキが道をふさいでいる薔薇バルカンの体を押さえつけた。それにより空いた隙間に、ナツに手を引かれルーシィ達は滑り込んだ。

 薔薇バルカンの大きさなら、この穴を通ってこちらにはこれ無いだろう。他を回ってきたとしても、少しは時間が稼げそうだ。

 

 ルーシィは、戦闘を繰り広げている友達の閃光を背に、前を見て走り出す。ナツが背負っているドラコの表情は、相変わらず苦しそうだ。――ふうふうと、肩で荒い呼吸を繰り返している。

 

 

『アダジ、この人好みだわ』

 

 先程とは少し違うバルカンの声が、ナツの耳に届いた。少し小ぶりな赤い薔薇バルカンがロキの元に現れたようだ。目をハートにしてロキに向かっていくのがナツの目には、見えた。当のロキは、先ほどから対峙している薔薇バルカンをまだ撃退できていないようだ。戦闘の音と、光が見て取れる。――これでは2対1になってしまう。さすがのロキも苦戦している様子がうかがえる。

 

 ナツの様子に振り返ったルーシィの目が、不安に揺れている。ナツは背負っていたドラコを、ルーシィの方に預けた。

 

「ルーシィ! ハッピー! ドラコ連れて先行け!!」

「うん」「あいさっ」「……とうちゃ…ん」

 

 ルーシィはドラコを背に担ぎ、ハッピーと共に洞窟の奥に向かって走り出した。ドラコは、体に力が入らないようでぐったりとしたまま、バルカンに向かっていったナツの背を見ていた。

 

 

 ――そして、目を閉じてしまう。

 

 

 すぐに、鉱石の発掘場にたどりついた。ロキやナツが戦闘を繰り広げている場所から目と鼻の先、たいして離れていないところだった。ルーシィは、背負っていたドラコを岩肌に寄りかからせ、火竜の泪の発掘に、すぐさま取り掛かる。

 

「開け! 金牛宮の扉、タウロス!!」

 

“Moooooo!!”

 

 マッチョな筋肉とパツンパツンのビキニを穿いた牛が現れた。

 

「ルーシィさん。今日も立派な乳ですなっ……?」

 

 ルーシィの脇にいるドラコと目に映し、タウロスは驚いた様に言葉を詰まらせた。その様子に、ルーシィは眉を下げギュっと目を瞑って、懇願する。

 

「タウロスお願い!! 説明は後よ!! 魔水晶を掘り出すのを手伝って!! 急いでるのっ」

「Mo…Moooooo!! お安いご用です」

 

 タウロスが岩を砕き、ルーシィとハッピーでその岩の破片を調べていった。――だがそんなに都合よく出てくるものではない。

 

 ――ドラコの顔からは、色が無くなっていく。

 

「るーし……」

「ドラコ!!」

 

 かぼそい声に、ルーシィは振り返った。岩肌に背を預け目を閉じていたドラコが、その目を開けている。視界にルーシィを映しにっこりと笑ったのだ。

 

「るーしぃ、どうしたの? 泣いてるの?」

「ドラコォ!」

 

 ――言葉にならない。

 ――もう既に、――ドラコの体は透けているのだから。

 

 無我夢中にドラコの胸に手を当て、魔力を練るルーシィ。

 

 ――魔力を採り込めなくなっているなら、

 ――また道を作ればいいんだ。

 ――道を繋ぐ門を作るのが、星霊魔導士なんだから。

 ――そうだ。火を――

 

「ひっ開け、人馬宮の扉。サジタリウス!! お願い火を!!」

 

“リンゴーン”

 

「ルーシィ殿。ここには、燃やせるものはありませぬぞ」

 

「Moooooo!!mooooooo!! もっと深く~!!」

 

「ドラコどうなっちゃうの?」

 

 ドラコを抱きかかえたルーシィの脇に、慌ててハッピーが飛んできた。

その後ろで、タウロスはまだ穴を掘り続けてくれている。サジタリウスは、首をかしげながら、ドラコを見た。

 

「ルーシィ殿……その星霊は……」

「ルーシィィィィ!! ドラコォォォ!!」

 

 ナツの声が響いた。薔薇バルカンとの戦闘は、かたが付いたのだろうか――。引きちぎられ、返り血や泥などの付いた黒衣と、白い鱗のマフラーをなびかせ駆け寄ってくる。

 

「ナツ!!」

「……とうちゃ」

「ナツ~」

 

 駆け寄ってきたナツは、ルーシィの手に自分の手を重ね魔力を練り始めた。慎重に己の中だけから魔力を放出する。ルーシィの考えが分るのだろう。ドラコの魔力の器になる“火竜の泪”を見つけるまで、これ続けるつもりなのかもしれない。

 

 ――ナツの手を、ドラコが静かに弾いた。

 

「とうちゃん。ドラコはドラコになるんだ……」

「え?」

 

 ドラコのその言葉に驚いて、ナツとルーシィはドラコの顔を覗き見た。その顔は、透けていていつも元気なドラコの面影も――ない。

 

「うるせぇ!! ドラコ一緒に帰んだ!! どんなんだっていいんだ。 ドラコはドラコだろっ」

「ナツ……」

 

 ナツはあきらめずに、再び手を当て魔力を練った。それに合わせてルーシィも魔力を練り始める。サジタリウスと、タウロスは主の負担にならないようにと、自らゲートを閉じた。

 

 ドラコの胸に重なるルーシィの手、ルーシィの手に重ねられたナツの手、4つの手が淡く光っている。

 

 ――ドラコの体は透けたままだ。

 

 ハッピーは、タウロスが砕いた石の山へ飛んで行った。ギリギリまで魔水晶を探そうとしているのだ。ポロポロと涙を流しながら、砕かれた石の中から赤い色の魔水晶を探している。

 

 ――そこへ

 

 

 

 

 

『ダ~リンみ~つけた♡』

 

 

 

それは突然やってきた。

 

Anchor 2

 薔薇バルカンに見つかってしまった。先程の薔薇バルカンのようだ。ロキはどうしたのだろうか――。こちらに向かって薔薇バルカンが突進してこようとしている。だが、今 手を離すことは、できない。異変に気付いたハッピーが振り返る。

 

「わぁぁぁぁ!! ナツ!! ルーシィ!! 危ない!!」

 

 ナツが目だけで薔薇バルカンを威嚇するが、それを無視して薔薇バルカンは突進してくる。ルーシィは、魔力を練りながらも固く目を閉じた。

 

“リンゴーン”

「王子様、再登場!!ごめんごめん見失っちゃっててっ」

 

 ルーシィ達を庇う様に、光の中から現れた獅子宮の星霊がバルカンに立ちはだかると、拳に魔力を集めた。

 

「ロキ!!」

「うん。ルーシィ達は続けて!! 君の魔力が、おそらく……再び道を繋ぐ……」

 

 多分もう少しだから。とロキは、ルーシィとナツに背を向け、薔薇バルカンを迎えうつ。すぐわきで戦闘が始まってしまったが、ルーシィとナツはその場で魔力を練り続けている。 

 

 そこへ「これしかなかった……」と言って、ハッピーが探してきた小さな赤い石をもって、重なり合う手に自分の手を重ねた時だ――。

 

 

 

 

 

 

 “パリ――ン”

 

 

 

 

 

 ――何かが割れるような

 

 

 

 ――乾いた音がその場に鳴り響いた

 

 

 

 ドラコの額に、亀裂が入りそこから光がもれだす。

 

ドラコ!!」

 

 

 その胸に手を合わせていた2人と1匹は、あふれだす光に弾き飛ばされた。

 

 

「ドラコ――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギャオォォッォォォォ!!!!』

 

 

 

 ドラコの体から現れた影が、雄たけびを上げる。その雄叫びに、ロキが相手をしている薔薇バルカンは体をガタガタと震わせ、おびえた顔で逃げていってしまった。

 

 

『マスタールーシィ。新たな契約を』

 

 光の中から、声がする。ドラコのいつもの高い声が、ずいぶん落ち着いた声に変わっている。そして――ルーシィの前に――大きな影がおりた。

 

 ――目の前に――真紅の竜がいる。

 

 ナツとハッピーは目を見開いて、その竜と思しきものを見つめている。

 

「……ドラコね?」

 

 ルーシィが喉から声絞り出した。

 

「そうだよ。マスタールーシィ。ドラコは……ドラコに戻ったんだ!!」

 

 目の前の竜が、にっこりと笑っている。ルーシィは、確信できていた。目の前にいる大きな存在は、確かにドラコなのだ。自分とナツで作り出した存在のばず。

 

 

 ――が、目の前のドラコの魔力は

 

 ――ナツの魔力をひとかけらも、含んでいないのだ。

 

 ――それどころか――、

 

「どういう事なの?」

「ルーシィ。聞いてくれるかい?」

 

 混乱し、光に弾き飛ばされたまま、尻餅をついているルーシィの前に、獅子宮の星霊が膝をついた。そして、ルーシィの目の前にいる真紅の竜に目くばせをする。

 

「ロキ?」

「うんルーシィ。大丈夫ドラコだよ。……僕が、説明してもいいかい?」

「レオ……うん。お願いします」

 

 ルーシィもだが、ナツもハッピーも目を白黒させている。そこへ、足音が近づいてくる。

 

 

 薔薇バルカンが、何かの雄たけびに怯え一斉に洞窟から逃げだした事に異変を感じ、エルザとグレイ、そしてウエンディ達は、何かあったのかと急いでルーシィ達の元へと駆け付けてくれたのだ。

 

 3人と1匹も、目の前の巨体に呆然とした表情を浮かべた。

 

「……竜だ」

「確かに……竜だな」

「そうね。竜よね?」

「……なぜ、ここに?」

 

 その真紅の竜は、ルーシィの前にちょこんと座っている。暴れているわけでも、仲間を襲っているわけでもなさそうだ。

 

 

「……ドラコ。無事なのねっ!!」

「ドラコー!!」

「ドラコっ!!」 

 

 ルーシィの顔に花が咲いた。その表情につられるように、ナツとハッピーも笑顔になり、ドラコに飛びついた。目の前にいる巨体は、自分でドラコだと言ったのだ。腑に落ちないこともあるが――ドラコに違いないのだ。

 ルーシィやナツの様子に、エルザたちは顔を見合わせた。

 

 

「さて、どこか落ち着いたところで、ゆっくり話でもしようか?」

 

 さんざん無視されている獅子宮の星霊が、青色のレンズの眼鏡をくいっとかけ直し、しゃがみ込んだままのルーシィに向かって両手をひろげた。

 

 

 数百年前。まだ竜が、人を襲っていた時代。

 契約者に呼び出されたドラコは、人の入ることのできない火山での発掘を頼まれた。時代はまだまだ物騒なときだ。強い魔力を持っていたドラコは、契約者から離れる際は、計画を書き換え、自分の魔力で門をくぐっていた。自分がいない時に、契約者が他の星霊を呼び出すことができるように。

 

 契約者から離れ一人行動していた時、ドラコは不幸なことに人を襲う竜と間違えられ、竜の姿のまま、封印されてしまったのだという。

 

 簡単には入り込めない場所だったため、契約者に見つけてもらう事も出来ず、封印の中魔力だけを消耗していった。そして――意識は、途切れた。ドラコが思い出したのは――いや、覚えているのはそこまでだという。

 

 この先は、星霊界に文書として残っていたそうだ。ドラコは、封印により人間界から帰ってくることができず、魔力が尽き消滅しそうになっていた。だが、ずっとドラコの契約者はドラコを探してくれていたのだ。ドラコを封印する場所を突き止め、その封印の前まで来ていた。だが、その封印を解くすべがなかったのだ。星霊魔導士としては、そこそこ優秀であったが、解除魔法の技術を持ち合わせていなかったのだ。

 

 そして契約者は、最後の手段に出た。自分の技量を超える魔法を、放ったのだ。自身の魔力でゲートをくぐってきた者の強制閉門。その封印から解き放されることはなかったが、ドラコの体は封印の中で鍵にもどることができた。鍵に戻ることにより、どうにか消滅寸前で魂は繋ぎ止められたのだ。

 

 鍵の姿で、魔力は切れたまま、封印の中で眠りについていた竜座の鍵。魔力の無い鍵は形が崩れ、いずれ封印の中で地に帰るかと思われていた。

 

 そしてある日、誰かが封印を解いたのだ。

 

 いや、長い年月で、封印が解けたのかもしれない。竜の鍵だったものは発掘され、人手を渡り、何も知らないマグノリアの魔法研究所までやってきたのだ。鍵の形が崩れ、ドラコは記憶すら失っていた。魔力もない記憶もないドラコは、星霊界には変えるすべを持たず、ただの魂のかけらとして、そのカギだった物体にしがみついていたのだ。

 

 そして――まるで何かに導かれるように、魔法研究所にやってきた星霊魔導士のルーシィと出会い、新しい鍵の誕生の為にと図らずも――竜座の星霊として再び、姿を与えられたのだ――

 

 

 

 

 

Fin

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

終わりました_:(‘Θ’ ) ∠):_ 終わってしまったよドラコ~!!!!

っていっても、魔法研究所シリーズが終わるわけではないんだが……(*’ω’*)

当初暗い話になりそうな予感がしていたのですが、意外にハッピーエンドに繋がってよかった。かなり強引なもっていきかたで、すみませんでしたぁ(-人-)お粗末さまでした。

 

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